漆黒のポケモン
「それでミナキが…」
「ええ!本当!?」
目の前の名前は僕の言葉に相槌を打ったり、笑ったりしている。ああ、困った。ジムが暇だったので時計を届けに名前の家にやって来たのだが、すっかりそんな気力は失ってしまった。
「それじゃあ、マツバくんはそれ放っておいたの?」
「もちろん。いつもいつもミナキに巻き込まれると碌なことにならないんだから。」
「あはは。ミナキさんって人は面白いんだね。」
「面白い、はちょっと過大評価な気がするけどね。」
僕はこんな話をしに来たわけではないのに。そう思いながらも時計を取り出せない僕はなんて情けないだろう。彼女の時計をちらちら見る僕はなんて女々しいだろう。
「マツバくん、どうかした?」
「え?」
普通に話しているつもりだったが、名前が急に心配そうな顔になった。彼女がするように僕も首を傾げる。
「何か今日、変だなって。」
「…そう?」
正直、嬉しい。名前は些細な僕の変化に気付いていた様だ。ここは隠しても仕方ないだろうと思い、意を決する。渡そう、時計を。きっとこのタイミングは間違えていないはずだから。
彼女とか、あの子とか、そんなややこしい事はこの際忘れて。だってただの引っ越し祝いだ。
彼女の時計が、止まっても尚何故着けられているのかも、忘れてしまおう。だって渡せば分かることだから。
僕はポケットに手を伸ばした。
「えっと、」
実は、そう切り出そうとして気付く。名前が僕を見ていない。比喩だとかではなく、本当に、ただ見ていなかった。彼女の視線は、僕の後ろの空間を捉えている。名前の目が、驚きに見開かれていた。
「…?」
僕はポケットに伸ばした手を止め、自然に流されるまま名前の視線を追って、振り返る。
そこには、見覚えのある漆黒のポケモン。
名前がうわ言の様に呟く。
「ヨマワル…」
脳内で、何かが弾ける音がした。
110412
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