誤魔化した男
ふと、気になった。普段興味を持たないようなその店が。いや、店と言うより、
(時計…。)
頭を過るのは勿論彼女。
コガネデパートにはポケモン用に備品を買いに来たが、帰ろうとエスカレーターを降りている時に時計が見えた。思わずその時計を置く店を覗いてしまう。時計専門店ではなく、女性物の小物を扱う店だった。なので時計もそんなに値は張っていない。
(これ、デザイン似てるなあ。)
彼女の着けていた時計は個性的なものではないし、きっと似たデザインなんてたくさんあるに違いないけれど。
女性客もそんなにおらず、気を使ってくれているのか店員さんも話しかけて来ない。せっかくなので一つずつ時計を眺める。どれも似たようなものだと思っていたけれど、意外と少しの違いが全体の印象を変えていたりして好みの千差万別が窺えた。その中で一つ、これは、と思える時計を見付ける。
それは名前の着けているものと何となく似ているものの、何かの差(どこだろう…?)で僕にとってはよりいいと思える時計だった。これを着けている名前を想像する。…うん、似合う。そうだ、そう言えばあの時計、壊れていたはず。
「これ、お願いします。」
「はい、ありがとうございます!」
レジに時計を出すと店員さんが笑顔でそれを受け取った。衝動買いなんて随分久々だ。
「プレゼント用でよろしいですか?」
「え!」
「あ、ご自宅用ですね。」
プレゼント…プレゼント…。一瞬にしてその単語が脳内を占拠する。プレゼントって…そんな大層なものじゃないんだけど。それに、そんなつもりは全く…、そう、引っ越し祝いだ、少し遅れた引っ越し祝い。…ってこれは結局、「いえ、プレゼント用でお願いします。」
「え!…はい、プレゼント用ですね。リボンは何色に致しますか?」
「えっと…ピンクで。」
「はい、畏まりました。」
焦ったのは目の前の店員さんに恐らくバレただろう。しかし、ちゃんと気付いてよかった。安堵のため息を吐くと、腰のモンスターボールが揺れた。ゲンガーだ。恐らく僕に"渡せるのか?"と言っているのだろう。渡せるも何も、これは引っ越し祝いだ。渡せない理由が無い。
「ありがとうございました!」
しかし店を出て、デパートを出て、自然公園に差し掛かった辺りで気付く。そうだ、すっかり忘れていた。もしあの時計に機能性以外の点で需要があったなら、この時計は受け取って貰えるのだろうか。貰えたとして、使って貰えるだろうか。…答えは簡単だった。
けれど僕はまたお得意の、知らぬ振りをした。僕は、あの時計が動いているかいないかなんて知らない、知った事が無い。
ゲンガーのボールが再び揺れた。
(矛盾?何のこと?)
110407
時計を贈るって
独占欲の現れらしいですね!^^
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