お世話人
「今日はお寺に用があるんだ。」
「お寺?」
昨日のように家の前で名前と鉢合わせ、二言三言交わしてからそう言うと、彼女は首を傾げた。
「そう。このまま真っ直ぐエンジュの外れまで行くとあって…。」
「そうなの?ここでも結構外れなのに…。」
「お寺は本当に外れだよ。もう少しこの道を真っ直ぐ行けば突き当たるんだ。」
「そうなんだ…。」
傾げた首をそのまま道の先に向ける名前がおかしくて、思わず笑みが零れる。ああ、そうだ。
「見に行ってみる?」
「え?」
「だって、見た事ないんでしょ?」
「あ、うん…でも…」
言葉を濁した名前に今度は僕が首を傾げた。
「…何か途中だった?」
「ううん!それは全然…!……、」
「?」
「…い、行こうかな。」
「ん、じゃあ行こう。」
名前が僕の隣に並ぶ。何だかむず痒くて、慌てて視線を行く先に向けた。
「お寺に何の用があるの?」
「僕もまだよく聞いてはいないんだよね。今朝電話で急に…」
恐らく人探しだとか物探しの類の依頼だろう。特異な体質故に、時々そういった仕事が回ってくることがあるのだ。
「あ、そうだ。」
「?」
電話で、と言う単語で思い出した。横を向くと不思議そうに僕を見上げる名前と目が合う。
「ポケギアの番号聞こうと思ってたんだ。」
「え?」
「多分連絡はしないだろうと思うけど、せっかく友達になったんだし…。」
何気なく、何の意図なく発した言葉だったが、急に番号を聞くだなんておかしかったろうか?そう思うと不安になってしまい、言葉の最後は少し気弱になってしまった。
「………。」
考える素振りを見せたまま動かなくなった彼女に、更に慌てる。
「あの…、嫌だったら全然…!」
「い、嫌な訳ないよ…っ!」
耐えきれず発した声に、名前が頭を振った。
「その、ポケギア家に置いてきちゃったから…」
「え?」
「口で言うけど…い、良い…?」
「、全然、大丈夫だけど…」
番号の登録画面を開く。いいよ、そう促すと名前は数字を一つずつ並べた。
「xxx- xxxx- xxxx。…あってる?」
「うん、あってるよ。」
登録しました、と言う画面が出たので、僕はポケギアを再びポケットに押しこんだ。妙に高鳴る心臓を必死に宥める。高が番号だろ、ただの友達だろ、緊張する必要ないだろ。「ねえ、」
「ん?」
「マツバくんの番号も、教えて。」
「いいよ。」
必死に裏返らないように、震えないように数字を並べる。何をやっているんだ、僕は。彼女は、そういう対象じゃないだろう、って、散々言っていたくせに。
この有り様はどういう事だ。
「ooo- oooo- oooo。…あってる?」
「うん、あってる。」
「ooo-…」
登録するポケギアも、書き留めるメモ帳も持たない彼女は、何度も僕の番号を舌で転がす。その様子が可愛らしくて、思わず頬が熱くなる。誤魔化す様に僕も彼女の番号を脳内で転がした。
「うん、覚えた。帰ったらちゃんと登録しておくね。」
にっこりと微笑んで僕を見上げる目線から、顔を逸らして逃げる。「あ、」
「お寺、あれだよ。」
「!ほんとだ…、結構近いんだね。」
「でしょ?」
十分とかからずに見えた石の階段。そこまで長くないその頂上には、昔からお世話になっているイタコさんが待っていた。
「じゃあ私、ここで…」
「あ、付き合わせちゃってごめんね。」
「ううん、お寺、これで覚えられたから。」
「ありがとう。」
階段の下で名前に別れを告げる。手を振って遠ざかる背中を見送り、僕も階段を登り始める。
一段、二段…、xxx-、xxxx-、xxxx、…
いつの間にか転がる数字は覚えたての番号にすり替わる。それに自嘲しながらも悪くないと思う自分に、戸惑った。
「突然呼びだしてすいませんねえ。」
「いえ、大丈夫です。」
いつの間にか辿り着いた頂上。申し訳なさそうに微笑む初老の女性に首を緩く振る。それから、階段の下に視線をやった。真っ直ぐ道を歩く名前が見える。「マツバさん、」
「?何ですか?」
「あの子は…?」
視線を戻すと、名前を見つめる彼女。少し笑顔が解れていた。
「この辺りの近所の子だよ。」
「…そうですか。」
解れた笑顔を繕い直し、彼女が言う。何気なく、しかし、咎めるように。
「xx、xxxxxxxxxxx。」
僕には彼女の言葉が上手く聞き取れなかった。
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