(臭う男)
泥臭い。そう思った。
「マツバ、今日はどこに行ったんだ?」
「?どこって、特にどこにも?」
気のせいだろうか。そう思いもう一度臭いを嗅ぐ。どうやら勘違いだったらしい。そういえば今日私はスイクンの情報を捜し求めて、水溜まりだらけの土地を歩いたのだ。足の裏を見ると予想通り泥がこびりついている。
「うわ、泥だらけ。ミナキこそどこに行ったんだ。」
「…、ど、どこでもいいだろう。」
疑ったのに原因が自分だとはとんだ勘違いだ。少しだけ恥ずかしかったので、適当に誤魔化した。
「最近エンジュよく来るね。」
「別にお前に会いに来てる訳じゃない。」
スイクンはもう他のトレーナーのものになってしまったが、たくさんの情報(その殆どはガセネタなのだが。)は未だ溢れている。確かに私はスイクンが欲しかったし、認められたかった。だからこそ誰かのものになって終わりではない。
とすると、必然的にスイクンの資料等はエンジュに多いからこういった結果になるわけだ。
「そう。」
「…なんだ、やけに機嫌がいいな。」
ざり、ざり。足を擦って泥を落とす。乾燥したそれはぱらぱらとエンジュの砂利道に零れていった。
「え?」
「いいことでも―――ああ、例の名前さん絡みか。」
「な、何でそうなるんだ…」
「そうだからそうなるんだろう?」
マツバが何か言うのを無視して、夕食を食べるために店の暖簾をくぐる。
「いらっしゃい!何名様で?」
「2人で。」
「ああマツバさんとミナキさんじゃねーか!おーい、お座敷ー!」
「はーい!…こちらどうぞー。」
割と馴染んでしまった店なので、喫煙だとか座敷かとかは聞かれずにさっさと通された。いつきても空き過ぎず混み過ぎず、丁度いい。それから、食欲をそそる香りが充満している。
お品書きを自分に向けると、マツバがさっと斜めにした。向き合って座るから見にくかったのだろう。
「取り敢えず…生!」
「オヤジ臭いね。」
「ほっとけ。」
それから二人であれこれ注文して、御絞りで手を拭った。からん。冷たいお冷やが音を立てる。
「で、だ。」
「…何だい。」
「ほら、例の名前さん。」
「だから、」
「関係なくないだろ?」
「…っ、あーもう、厄介だな…。」
マツバは片手を額にあてて溜め息。
「何かあったんだろう?」
「……まあ…」
「聞いてやるから相談したらどうだ?」
「ミナキに相談とか無意味な気がしてならないよ。」
そう言いつつもマツバはぽつりぽつりと言葉を溢していく。注文した焼き鳥を齧りながら頷いてやる。…どうやら彼女からお茶に誘われたらしい。
「ただのご近所付き合いの一環だろうけど。」
「なんだ、その言い方じゃあ一環じゃない方がいいみたいだな。」
「は?そ、そんな事…」
臭う、臭うぞ。これはどうやら面白そうなことになりそうな予感がするので、取り敢えず焚き付けておこう。
「マツバ、それは…恋だ。」
「…は?」
「彼女が気になるんだろう?彼女もきっとマツバを気にしているに違いらい!よし、押して押して押しらくれ!」
「酔ってるだろう。」
失礼な、私は断じて酔っていない。そう言おうとすると追加のビールがきたので口を噤んだ。早速口を付けようとした時、マツバが言葉を溢した。「僕は、」
「彼女は彼女だと思っている。」
(―――こいつは本当に、面倒臭い。)
それきり言葉を切ったマツバに溜め息を吐く。どうやら何年もの想いは、私の予想を上回って固いようだ。
そして今度こそ口を付けたビールから、―――泥の臭いがした。
101026
やっと半分、かな…
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