初恋の子
『私は名前。よろしくお願いします。』
直感が告げる。絶対にあの名前と名乗った彼女は、あの家のあの子のはずだと。だから僕はそれをミナキに言ってみた。反応は予想出来たけれど。
「嘘?わざわざそんな嘘吐くのか?」
「……。」
やっぱり反応は予想通り。だけど馬鹿な事を言っているのは分かっていたから、甘んじてミナキの"理解出来ない"と言う馬鹿にしたような顔に文句は言わなかった。
「それに、あの子の顔も名前も知らなかったんだろう?」
「だけど、それでも…」
あの子なんだ。その言葉は口腔内でもごもごと丸め込んだ。ミナキは、僕のその様子を横目にコップに残ったアルコールを流し込む。そのまま空になったコップをこちらに突き出し、酌をするよう要求するので仕方なく注いでやった。
「まあそれはともかく、いい事だとは思うけどな。」
「?」
言わんとすることが分からず首を傾げると、ミナキは苦笑する。
「なんてったってあの子以外の女性の話題が出ているんだ。…例の噂が消える日も近いかもしれないな。」
成る程。意味は分かった。しかし納得はいかない。
「別に名前さんの話はそういう話じゃないし、結局あの子以外の話題にもなってない。」
「そうか?」
「そうさ。」
強く頷いて残り少ない酒を煽る。空になったコップに、今度はミナキが酌をした。
「彼女とあの子がイコールだったら話題は変わらないと思うかもしれないが、でもきっとそうじゃない。」
「?」
思わず再び首を傾げる。だってもし僕の言う通り彼女があの子だったなら、言うまでもなく同一人物であり、あの子の話をするというのは彼女の話をすることになる。反論に僕が口を開く前にミナキが言葉を繋いだ。
「どうにしろ、過去のことだ。同一人物だからと言ってあの子がそのまま全く変わらない訳もないし、まして古い記憶じゃ美化も激しいんじゃないか?」
美化、そう言われてむっとしたが、ミナキの言う事は一理あった。僕が淡い恋心を抱いているのはあくまであの時あの瞬間のあの子なのだ。成長したあの子が目の前に現れたとして、じゃあ好きかと問われたら僕は返答に困るだろう。考えに詰まっていると、ミナキは話題を一度切り上げた。「とにかく、」
「彼女自身が自分をあの子でないというなら、そういうことにするのがいいだろうな。それに、私としては違った方がいいとも思う。」
「…どうしてだい。」
「初恋は実らないって言うからな。…あ、マツバの初恋はホウオウか。」
じゃあ心配ないか、なんて、つい先日ホウオウが一人のトレーナーを選んでしまったというのによく言えたものだ。ミナキなりの、過去の事にしてしまおうという気遣いなのだが、恐らく親友である僕位にしか伝わらない気遣いの仕方だ。しかし、僕はそのブラックジョーク的な刺激の多い言葉より、前半部分の方に意識が向いた。”初恋は実らない”、有名過ぎるジンクスだ。
(実らない…、か。)
100915
"知らない人"のマツバさん視点に
しようと思いましたが、
いい加減しつこいので。
あとHGSSのミナキは
ぜ!ぜ!威勢がいいですよね…
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