[携帯モード] [URL送信]
通行人



嫌な夢を見た。白いカーテンが引かれたように景色が霞む。見えない。

嫌な夢を見た。耳元で大きな、酷い音。聞こえない。

嫌な夢を見た。甲高い音にはっとする。大きな目が僕を、…、……。


見えない。聞こえな、…、











(嫌な夢だった。)


そう心の中で吐き捨て、重い足を引き摺るように前に運ぶ。今日も何時も通りだ。嫌な夢だって、かなりの頻度で見るのだから。

ただ、その夢が誰かの現実であるということを考えると、胸が痛む。しかし、胃の中の物が飛び出してしまうことはもうなくなった。だけどそれは人として何かが欠如している気がしてならない。…まあ、何時もそんなではやっていけないけれど。

そんなことを思いながら歩いていると、ひらり、何かが頬を掠める。それから直ぐ、僕の足元に落ち葉が舞った。


(もう、そんな時期か。)


そう言えばあの子が落ち葉を掃いているのを数回だけ見た事があったっけ。長い髪が揺れていた。実際、本当にあの子だったのかはわからない、だって僕は彼女の顔を知らないのだから。けれどあの子かもしれない、そう思うだけで恥ずかしくて俯いた。そしてもう一度顔を上げた時には母親らしい女性が箒を握っていたのだ。

ざり、ざり。思い出すのは何度目だろう。落ち葉が舞う度、この道を通る度、足元に何かが転がる度、猫のぬいぐるみを見る度、…、挙げたら切りが無い程に彼女を思い出していた。十年以上経っても忘れられないなんて、本当に愚かしい。彼女に会う事はきっと二度と、ない。彼女が僕を覚えていて、僕に会いにこの町を訪れない限りは不可能で、そんな出来事が起こること自体があり得ないこともよく分かっている。

あの日、彼女は僕に何も言わず引っ越した。正しくは何も言わずではないのだが、引っ越すことを知らされなかったのは事実だ。知らなかった僕と、整理をつけた彼女。心の残り方が違うはずだ。だからきっとあの子は、僕をもう知らない。


ざり、ざり。彼女の住んでいた家に近付く。ざり、ざり。ざし、ざし。物思いに耽っていたためだろう、自分の足音以外の音に、今初めて気付いた。

何の音だろう。僕は、顔を上げた。


「…あ、」


間抜けな声が、零れる。


「……、おはようございます。」


ぺこり、女性が小さく会釈すると、綺麗な髪が揺れた。僕はそれを見て何の確証もなく、ああ、あの子だと、そう思った。あの子の顔も、何も知らないのに。





100821
ここで終!とか言いたい。
だってこのくらいのページ数で
終わるつもりだったのに…




あきゅろす。
無料HPエムペ!