永遠
(解約…してしまったかな…)
いや、していないかも…?
そう思って、迷う。何故なら住み慣れた彼女の家に連れて行くのは躊躇われたからだ。もちろん、思い出して欲しくないという打算の意味で。
「どうかしました?」
「あ、いや…!」
考え事をしていたのが顔に出ていたらしい。慌てて取り繕うと、名前が不思議そうに首を傾げた。
「…私の家に行こうか。」
「え?」
何でもない風を装って出した言葉は打算を後押しするものだった。つまり、住みなれているだろう彼女の家に、彼女を帰さないということ。例え部屋を解約していようがいまいがそんなこと、無視してやろうということに他ならない。
果たしてここに存在する彼女があの彼女かどうかなんて、まるで無視するのだ。記憶の無い、偽物に近い彼女をそれでも離したくない。彼女を傍に置くことで自分の穴を埋めようとしている。こんな考え、低俗どころじゃないだろう。
「部屋なら一つ余っているし、君が旅に出る時に荷物を少し預かっているからね。」
嘘だ、荷物なんて預かっていない。確かにうちには彼女の最低限の日用品が揃っている。だが、それは彼女がうちに来るたびに増えて行って、最後置いていかれたものだ。決して、次の来訪の為の預かり品ではない。
しかし、私の家に服から歯ブラシ、下着まで揃っている事に対する言い訳がそれしかなかった。
いけしゃあしゃあと躊躇せず言ってのける自分が恐ろしい。
「…私と、ゲンさんは…?」
呟かれた疑問に、立ち止まって振り返った。
恋人、そう言えたらいいけれど、それは言えない。ずるいからとか、別れたからとか、そんな良心からくる理由ではない。彼女の記憶が戻るのが怖いからだ。
だから一度恐怖を飲み込んで、笑顔を取り繕う。
「私達は仲のいい友人だったんだ。」
「そ、そうだったんですか。」
違う答えを予想していたのだろう、彼女の頬が染まった。可愛い、だなんて現実逃避しながら、彼女の手を取った。
「!ゲンさ…」
「あの船に乗ろう、もう出航しそうだ。」
「わ、本当!」
慌てて小走りになる彼女を引っ張って、思い出す。
『記憶が戻れば、記憶を失っていた期間の記憶は入れ違いになります。』
『…つまり、』
『つまり、今の記憶は無くなります。』
『………。』
『空白の期間に戸惑うと思いますが…』
そう、こんな風に手を繋ぐのも、話すのも、顔を合わせるのも、全て元の彼女が戻って来るまで。
「待って下さい!乗りまっ、わ!」
「!」
躓いた名前の手を引いて、体勢を戻してやる。
「あ、ありがとうございます!」
「はは、気を付けようね。」
「はい…っ」
照れ笑いを浮かべる彼女に、微笑み返す。こんな風に彼女が笑ってくれるのはいつまでだろう。ああ、いつまでと言わずに、
永遠に続いたらいい
(続いたとして、)
(幸せかは知らないけれど)
(それでも夢を見る)
110114
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