苦い
「名前が…?」
掛かってきた電話はトウガンさんからだった。話によると、どうやらあの彼女がハクタイ付近でちょっとした事故にあったらしい。怪我も大したことはなく、本人はぴんぴんしているとのこと。じゃあ何故私に電話をしたのだろう?まず、その程度の事をわざわざ彼女がトウガンさんに報告したのも不思議だった。それに気付いたのだろう、トウガンさんは神妙な声で続ける。「それが、」
「どうやら記憶が吹っ飛んだらしくてな。」
は。間抜けな声が零れそうになるのを慌てて止めた。
「頭を強く打ったらしい。とりあえず記憶を何とかするためにこっちの病院に移ってきたんだが…。」
「…私に引き取りに行け、と?」
ああ。トウガンさんは強く頷く。それからまた続けた。
「で、面倒みてやってくれ。」
当然と言えば当然だ。彼女の両親はもう既に亡くなっているし、町の人達は私と彼女が終わっていることも知らない。だからトウガンさんも私が適任だと、そう思ったのだろう。断りたいのは山々だったが、幸い(と言っては不謹慎だが、)彼女は記憶が無いのだし、私もこれといって忙しい訳でもない。少し迷ってから、申し出を受けることにした。
「わかりました。」
電話を切る。足元でルカリオがこちらを見上げていた。
「いいのですか?」
戸惑ったようにおどおどと声を掛けるルカリオは珍しい。私は不思議に思いながらも普段するように頷いてみせた。するとルカリオはさらに不安そうに耳を垂れる。どうしたんだろう。
「名前様が記憶を戻せば、もう一度別れる事になります。」
「?」
もう一度別れる?ルカリオの言うところが上手く掴めない。何故なら私と彼女はとうに別れているのだから。
「きっとまた名前様は旅に行ってしまいます。」
ああそっちか。息を吐いて、笑って見せた。
「それは彼女の自由だし、元より旅に出ていたじゃないか。」
「…、…そうですが…。」
まごまごとルカリオが揺れる。それに苦笑して頭を撫でた。そういえば彼女が旅に出てから、ルカリオは随分落ち込んでいた気がする。
「とにかく彼女を記憶が無いままにしておく訳にはいかないだろう?彼女の記憶が戻っても、今の生活に何ら変わりもないだろうし…」
そう言うとルカリオは少しだけ顔を歪めたけれど、ゆっくり頷いた。
「ゲン様が決めたなら…」
何か言いたげではあったが、どうやら納得はしたらしい。
「じゃあさっそく病院に行こうか。」
苦い
(記憶が無いとはいえ、)
(少し気まずい。)
100904
ありがちすいません
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