わからない
「夢を、見たんです。」
「夢?どんな?」
長くて細い指が、私の涙を拭う。目覚めた時に傍にいた青いスーツの人は、私の言葉の先を促した。彼の空気が優しかったからだろうか、私は夢の話を零す。
小さな家だった。小屋といってもいい程の。その家に踏み入ると、まず靴を探した。けれど靴は一足もなくて、私は溜め息をついて玄関を上がる。そうして少し硬いソファに腰掛けた。そこでふと気付く。
「テーブルに埃が積ってたんです。」
何が怖いのだろう。そう言いたげに彼は首を傾げる。私も何が怖いのか、実はわからない。だけど酷くそれに絶望したのだ。だから素直にそう言った。すると彼は目を細めて私の頭を撫でる。目を閉じて、じっと考えてみる。きっと私が怖かったのは、その家の人間がもう帰ってこないことを悟ったからだ。いつも通りに訪れた場所に、いつも通りの人間がいない、もう会わない。それがとても恐ろしいことのように思えたのだ。それが何を暗示しているのかは、考えてもさすがにわからない。けれど、今の状況が普通ではないことはわかった。この男の人は誰だろう?
「あ、の…」
目を開けて、疑問を目線で投げかけてみる。彼は慌てて手を引っ込めて、困ったように笑った。
「私はゲン。よろしく。」
「…よろしく…。」
痛む頭を押さえる。この人は、誰だろう?
わからない
(、よね?)
(…はい。)
「そうか。」
(ゲンさんが笑った。自嘲するように。)
100902
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