おわり
「私、旅に出ますから。」
思うとかしたいとか、そういう未来を示唆する言葉が一切無い言葉だった。つまりそれはもう決定事項を伝えるために溢されたものであって、私に相談をしようという意図では無い。カップをソーサーに戻し、それから彼女の顔色を窺う。射抜くようにこちらを見る目は、私の心を奪ったそれと何ら変わってはいなかった。
どうして?どこに?何故相談無しに?それじゃあ私は?
懇願に近い疑問達は理性と自尊心に食い破られる。辛うじて残ったのは、
「いつ?」
核心には触れない、そして私の核心も侵さない、いやに短い疑問だった。そうしたら彼女は自嘲するように口角を一度上げ、答える。
「あした。」
ぐわり。頭が揺れた。嘘だろう。明日って、一度寝たら来てしまう今日?嘘だろう。それじゃあ、私はどうしろって言うんだい。私に、どう、私は、君が、どうして、…、「そう。」私の舌が必死に自尊心を庇う。物分かりのいい大人の振り。
「じゃあ見送らなきゃね。」
どうして。嫌だ。それらの叫びに無視を決め込む。からからに乾いた喉に残りの紅茶を流し込む。「どうして、」彼女もカップを持ち上げた。
「ゲンさんはいつもそう!」
ばちゃ。カップと冷めた紅茶が私の胸から膝へ転がり落ちる。何が起きたのかわからないまま彼女を見ると、持ち上げられたはずのカップが彼女の手から消えていた。
「"そう"、"そうだね"、"いいよ"、"わかった"、"名前の好きにしたら"!!」
私は立ち上がる彼女をただ凝視することしか出来ない。彼女は大人しくはないけれど、少なくとも突然怒ったり、人に物を投げる人間ではないのだ。
「ゲンさんは私のことなんて気にもかけてない!本当は彼女なんていらないんでしょ!?」
服に染み込んだ紅茶と、妙に冷めた頭が気持ちが悪い。けれど私は座ったまま彼女を見上げ、その言葉を咀嚼し続ける。彼女をどうやったら宥められるのかを同時に考えながら。我ながら気持ちが悪い、本当に。
「ゲンさんは私のこと、すきじゃないんでしょ?」
ぼろぼろ。伝うことさえせずに彼女の涙が零れ落ちていく。乾いた喉と舌で、途切れた彼女の言葉に滑り込んだ。
「そんなことないよ。」
計算された否定だった。後ろ向きな疑問に否定を返すのは当然で、機械的。考えずとも出来る。そしてそれが正しい。"そう答えなければいけない場面"なのだから。
ふいに彼女が笑った。再び、自嘲するように。
「ゲンさんって、本当につめたい。」
息を飲む。まるで、全て見透かされているような、そんな錯覚に心臓が跳ねた。
「ゲンさんは本当の本当に私のこと、すきなの?」
「ゲンさんはいつも機械的。私の言葉を肯定して流していく。」
「ゲンさんの意見って、聞いた事ないの。知ってた?」
「意見する程私に関心がなかったからだよね?」
「ゲンさん、ちゃんとゲンさんの言葉で言ってよ。」
「ゲンさんは私のことすきなの?」
「空気を読まないで、答えてみてよ。」
ぱたん。玄関の扉は閉じられる。
結局私は彼女の目にも、足にも、背にも、向けることも縋ることも問うことも出来なかった。
"ゲンさんは本当の本当に私のこと、すきなの?"
その質問に、答えることが出来なかったからだ。
私は彼女のことをすきだと思っていたし、思っている。けれどそれが本当の本当にそうなのかと聞かれると自信が無くなった。彼女のあの射抜く目線に答えられる程に私は彼女を強くおもっているのか、そう心に投げかけてみたら本心が見つからなかったのだ。空気や状況ばかり読んでしまうことを覚えてしまったからだろうか。
とにかく、私は次の日もその質問が頭から離れず、彼女の見送りなんてとても行けなかった。それから次の日もその次の日も、…、あれからずっと考え続けているけれど、結局答えは見つからないまま。二か月たった今もまだ見つからない。
彼女ともあれっきり。
おわりがおわらない
(何時になったら)
(…、…。)
100902
しょっぱなからすいません
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