「帰れ。」
「無理だ!」
引き戸をガラガラと閉めようとすると、慌てて友人───ミナキは両手でそれを阻止した。
「冷たくないか!せっかく友人が泊まりに来たと言うのに!」
「もうこれ以上邪魔させるもんか!」
「意味がわからん!」
今日は訪問者の多い一日だった。エプロンのスズコさんに始まり、漬物のタエコさん、それから煮物のウメコさんにお米のヨネコさん。再び事に及ぼうとする度に鳴り響くインターホンに諦め、夕食を食べ、そして今名前ちゃんはお風呂に入っている。彼女が上がったらようやく…と思っていたのに、今度はミナキだなんてそんなまさか。またイタコさんの誰かかと思って迂濶に引き戸を引いたのは失敗だった。この現場が名前ちゃんに見つかれば確実に追い返すことは適わない。今、僕が、ここで、追い返さなければ!
純粋な力と力のぶつかり合いの中、ふいにミナキの目がブーツに移る。
「なるほど?名前が来ている訳か。」
力を緩め、ミナキが言った。良かった、これでさすがのミナキも帰るだろう。僕も力を緩めた。
「分かったらポケモンセンターにでも、」
「だったら一人も二人も変わらないな!邪魔するぞ。」
「は?」
ガラガラ!油断した隙に引き戸を開けられてしまった。僕がこうして唖然としている間にミナキは靴を脱ぐモーションに入ろうとしている。そうはいくものか。
「ちょ、空気読んでくれないか…!!」
「読んだじゃないか!私も彼女とゆっくり話してみたいし、彼女もそれを望んでいるはずだ!」
「まさか!妄想は止めてくれよ!」
ミナキのマントを引っ掴んで靴を脱ぐのを阻止した。しかしミナキはミナキで、そのまま無理矢理踏み出し、何とか玄関脇にたどり着こうとする。
「エンジュのポケモンセンターはこの前誰もいない部屋から笑い声がした!」
「この前ってお盆だろう!お盆じゃどこもそんなものさ!」
「嫌だ!専門の人間がいる方が安眠出来る!」
「言っとくけどうちの方がいっぱいいるから!」
「見えなきゃいいんだ!」
「じゃあポケモンセンターでも見えなきゃいいだろう!」
「聞こえた!!」
「ああもう!」
「あの…」
「!!」
結局そうこうしている内に名前ちゃんがお風呂をあがってしまった。彼女は眉を下げ、困った様に笑んでいる。
ああもう!ミナキは!!そう思うと同時、ミナキはさっと玄関に上がり込んで、名前ちゃんを覗き込んだ。
「なあ名前、マツバは大人げないだろう?」
「えっ、」
「ミナキだろ!」
「いーや、マツバだ。」
「その前にミナキは空気ってものを本当に読まない!」
「マツバこそケチ過ぎるだろ!泊まる位なんだって言うんだ!」
「ほら空気読めてない!!」
「ふ、2人とも…」
小さな声にはっとしてミナキから名前ちゃんに視線をやる。背後では僕のゲンガーが大げさに肩(?)を竦めた。
「お茶淹れますから、とりあえず座りましょう?」
「おお悪いな!」
「………。」
完敗だ。もうミナキを退けることは適わない。
勝手知ったるやと行った様子でミナキはずんずんと居間に向かう。僕はその背中に溜め息。今夜は寝かせないつもりが、逆に寝かせてもらえそうにない。
落胆する僕の手にそっと温もりが重なる。
「あ、」
マツバさん、と静かに僕を宥め、にっこり。微笑む名前ちゃんに目眩がした。
ああもう、
嬉しいんだか
悲しいんだか。
(名前ちゃんは)
(にこにこしてる…)
(なら、いいか。)
101115
マツバvsミナキは
半端なく大人げないといい。