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新婚ごっこ




「マツバさん、目玉焼きいります?」

「え、時間いいの?」


グロスを塗り直し鏡台を立った名前ちゃんがエプロンをする。服を汚さない為に彼女は習慣的にエプロンをきっちり着けるので随分見慣れているが、朝ということもあって何だか照れ臭くなった。(新婚みたいだね、とは流石に冗談でも言えない…)


「はい、まだ15分位余裕みてますから。」

「じゃあお願いしようかな。」

「わかりましたー。」


かち、とコンロの火が着く音を聞きながら洗面所に向かう。この泊まり慣れた感が妙に嬉しくなる。だって新しいタオルの場所も、使っていい洗顔料も、名前ちゃんの料理の味付けももう大分知っている。

顔を洗ってタオルに手を伸ばすと、予想通りタオルが逃げた。


「おはよう。」

「ゲゲゲゲッ」


朝の澄んだ空気に溶け込んでいた黒紫の体がぬうとタオルを掴んだ手から広がるように現れる。勿論、彼女の悪戯好きなゲンガーである。毎度毎度見破られるのが悔しいのか、僕の顔にタオルを叩き付けた。叩き付けたと言っても柔らかいタオルは僕の顔にふわりと優しく張り付いただけだが。

かたん、皿の底がテーブルと音を立てた。美味しそうな匂いが鼻を擽る。


「ありがとう。」

「いえ、じゃあそろそろ行きますね。」

「ん、食器洗っとくね。何時に帰るんだっけ?」


せっかくだから出来たてを食べようと思い、髪の毛の寝癖直しは後にしてテーブルについた。


「2時までには帰ると思います。」

「あ、じゃあせっかくだし外で食べようよ。」

「えっ、いいんですか?せっかくのお休みに…。」

「せっかくの休みだからだよ。コガネで食べようか。」


そう言うと彼女は嬉しそうに微笑む。そんな彼女を見る僕の顔はきっとこれ以上ない程緩みきっているだろう。


「えっとじゃあ1時にラジオ塔の前でどうですか?」

「えー。コガネ百貨店一階は?」

「は恥ずかしいです!」

「ふふ、わかった。ラジオ塔前ね。」


バイト先自体がいい待ち合わせ場所だと思うのだが、バイト仲間に僕といるのをからかわれるのが恥ずかしいらしい。既に僕に今からかわれているというのに、それに気が付いているのかいないのか、みんな私をからかうんですなんて憤慨している。もうキャラだから諦めなよ、と言うとプリンの様にぷっくりと頬を膨らませた。


「マツバさんって実は意地悪ですよね!」

「今更?」

「もういいです!鍵は置いていきますね!」


そう言ってカバンを持った彼女がゲンガーをボールに戻す。(恐らく彼女には出した覚えがないだろうが、いつもの事だ。)


「待って、」

「知りません!行ってきます!」


彼女は当然あの程度では怒らない。怒った振りをすることは彼女の照れ隠しなのだ。僕との付き合いに遠慮がないのはいい事だし嬉しいけれど、出掛ける時に怒った振りは(ある意味可愛いが)宜しくない。


「ほら。」

「わ?」


少し腕を引くと彼女が振り返る。ちゅ、触れるだけのキスを落とすと、名前ちゃんの顔が真っ赤になった。あ、これはまた蛇の生殺しパターン。


「行ってらっしゃい。」

「い、行ってきます…」


色々と溢れ出そうになったものは昨晩したように飲み込む。すごく体に悪い気がするが仕方ない。閉まっていく扉を見ながら用意してもらった麦茶に口を付けた。


新婚ごっこ
(グラスに着いたグロスに)
(再び生殺された。)





100615
うちのマツバさんの
修験者とは思えない
煩悩MAXっぷり…




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