×××
くた。テーブルに体を預ける。嗅ぎ慣れた畳の匂いが、座り慣れた座椅子が、落ち着く。緩く目を閉じて数時間前を振り返った。
思い出したのはお姫様抱っこ。あれは本当にとんでもなく恥ずかしかった。アカネちゃんやハヤトくんには心配して損したわ、なんて言われてしまったし。苦笑したジュンサーさんが車で送ってくれたのだが、車から降りた先はマツバさんの家で、その上舞妓さん達に会ってしまいお姫様抱っこに微笑まれた。
あと協力してくれた人には改めてお礼を言いに行きたい。ジムリーダー二人に、さらにはコガネのジムトレーナー達。いくら人数で勝っていようと、さすがにロケット団では相手にならなかったようだ。そんなにたくさんの人が協力してくれたことに驚き、そして嬉しかった。
そうだ、警察にもいかなきゃ。今日は疲れているだろうから、と気遣ってくれたのだが、明日は事件について話しにいかなければならない。少し気が重いところもあるが、仕方がないだろう。
ぎし、ぎし、
「あ、」
来た。マツバさんがお風呂から戻ってきたらしい。疲れているだろう、なんて先にお風呂をくれたのだが、今になってやっぱり申し訳ないなと思う。
すらり。障子が開いた。
「マツバさ、ん…?」
「…、……」
濡れた髪は明らかに拭き切れていない。マツバさんは私の前でゆっくり膝を折った。
「名前ちゃん、」
深い声が、揺れている。
「名前ちゃん、」
長い指が、私の手首に絡んだ。
「名前ちゃん、」
そしてマツバさんの目が私の影を確認した。
───ああ、確かめられている。
ここまでは何時もと同じ。だけど、何時もより酷い。そんな気がした。マツバさんは私の腰を引いて抱き締める。
「名前ちゃん、」
「マツ、」
「名前ちゃん、名前ちゃん、」
「マツバさ、んうっ」
口内を荒々しく掻き乱される。呼吸すら困難だ。
「ん、ん、名前、ふ、」
「…っふ、…ぅ…っ」
腰を掴む手がぎゅうぎゅうと強く絡む。もう一方の手は、いつの間にか後頭部に添えられていて…いや、添えられているというより押さえつけられているに近いかもしれない。無理な体勢のまま貪られているのだ。
「名前、…っ、名前」
「マ、は…っふぅっ、マツ、…っ」
頬から手が滑り、頸動脈に当てられる。マツバさんはそれで漸く満足したのか、唇を離した。
「はっ、…は、」
一気に酸素を吸い込むと、後頭部にあった手が肺を撫でる。上下する肺に安堵の溜め息。
「名前ちゃん、…、…大丈夫…?」
「だ、いじょ…じゃな…」
やっと無理な体勢から解放され、雪崩る様にマツバさんの胸に寄りかかった。ゆっくりと背を撫でる手に落ち着きを取り戻し、少し早い心音に耳を澄ます。
「ごめん、お風呂入ってたら…急に…」
「………」
「名前ちゃん?」
マツバさんの濡れた髪が頬に当たって冷たい。
「…あの、…ごめ」
マツバさんの声が、さっきとは違う揺れ方をした。明らかに動揺している。だから小さく囁いた。
「私、ここにいますよ。」
私を覗き込んだマツバさんと目が合う。
「ここに、いますから。」
それから一拍置いて、マツバさんが嬉しそうに微笑んだ。
「うん、わかってるよ。」
額を合わせて、手を握って、抱き締める。それから今度は触れるだけの優しい口付けが降ってきた。そして私の体がゆっくり後ろに傾く。「えっ?」
「な、ちょ、」
「どうしたの?」
天井を背にわざとらしく微笑むマツバさん。あんまりにも当然のように組み敷かれたので、反論の言葉が中々生まれない。
「わ、私疲れて…」
「うん、明日はお昼まで寝よう?」
「あの警察…」
「そこまで無理させないから大丈夫。」
「いや、あの無理で」
「僕の方が無理。」
にこにこと笑ったまま、頬と瞼に落とされる唇。かっと顔が熱くなっていく。
「昨日も我慢したんだから。」
「……っ」
マツバさんの唇が私の耳に触れた。「ねぇ」
×××、していい?
(…っ、)
(ふふ、真っ赤。)
101022
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