償いを
ゴォ、
もうダメだ、あのゲンガーは間に合わない。そう思うと同時の突風。何かと思えば、ムクバードが大きく羽をばたつかせていた。
「む、ムクバード!」
「ふきとばし…!」
何とか寸でのところでミサイルばりは防がれた。これで俺は酷い目に会わなくてすむ…、そう思ったが、よくよく考えてみるとおかしい。何故あの女の手持ちであるゲンガーとムクバードがここに…?確かに仲間の誰かが没収していたはずだ。
「名前ちゃん!」
「パルルッ!」
「!マツバさん!デンリュウ!」
女に駆け寄るデンリュウと金髪の男。奴がどうやら件のマツバさんらしい。男は俺を横目でちらりと見ると、直ぐに女に視線を移す。それから肩を掴み、頭から爪先まで点検するように見て止まった。
「…、マツバさん…?」
ぶるり、俺の体が震える。どんどん周囲の温度が下がっていく。怪訝そうに男を窺う女は気付かないのだろうか?まるで冷凍庫にいるような温度だというのに。ふと見ると、サンドパンがふるふると震えている。ああお前もか。同じ境遇のものを見て少し安堵した。
しかし何故温度が突然下がったのだろう?まるであの電話の時のようだが、俺は女を傷付けてなどいないのに。
それに、ひょろりとしたあの金髪の優男が本当にこの空気を生み出しているのだろうか?もしや、ただ俺の恐怖心が錯覚しているだけなんだろうか…?背中を見せる男の表情は窺い知れない。
「…、スカート…」
「え?」
すかあと、すかあと、…ああ、スカートか。そう理解してから女のスカートを見た。男が影になって少し見にくかったが、それでもはっきり捕えることが出来る。
「あ、」
思い切り、スリットが入っていた。同じ境遇だと、少し愛しさを感じていた震えるサンドパンに殺意が芽生える。お前だ、お前が犯人だ。
「…っ」
下着が見えそうで見えないその微妙なスリットを、女がぎゅっと握り締める。頬を赤く染めて、目に涙を溜めて。…ああ、
(鬼、だ。…鬼がいる…。)
こちらをゆっくり振り返った男を形容するに、これ以上の言葉が浮かばない。薄紫色の瞳が、妖しく光る。
別に、俗にいうイカツイ顔をしている訳でも、牙を剥き出している訳でもない。ただ、瞳だけが、恐ろしい程の冷たさを湛えているのだ。
「彼女に、何をしようとしたんだい…?」
「何を、って…、…っ!」
「言わなくていい、…むしろ聞きたくないな。」
弁解どころか質問を咀嚼するよりも早く、喉か不自然に引きつった。
「俺は何も、…っ、…ッ、」
「聞きたくないって言ったよね?」
今度は二度、引きつる。まさかこれも男の…?いや、落ち着け。恐怖心を捨てろ。弁解するんだ、弁解するんだ。もうそれしか頭に浮かばず、再三口を開いた。
「だか、ら…っ」
「だから、君の声すら聞きたくないんだってば。」
喉に空気が詰まり、息が詰まる。呼吸こそ鼻で何となく出来るものの、俺は軽くパニックになっていて一気に酸欠に陥った。サンドパンはいつの間にか俺の足に縋りついて丸まっている。
「ま、マツバさん、違うんです…!」
「え?」
ただならぬ空気を感じたんだろう、女が男の腕を掴み、揺すった。そこで俺の気道が全開になる。慌てて酸素を吸い込んだ。
「その、サンドパンのミサイルばりが偶々…」
「ミサイルばり…?そんなもの、向けられたの…?」
「ち、違、サンドパンがちょっと勘違いしちゃったみたいで…!!」
「……そう。」
温度が少しだけ上がり、空気が和らぐ。どうやら本当に少しだけ状況は快方に向かったらしい。
「まあ、それでも許さないけどね…。」
口調こそ余り変わらないものの、幾分か柔らかくなった表情で男が振り返る。手には、モンスターボール。
「大人しく、」
償いをしてもらおうか
(牢の中で、ね。)
(抵抗は無意味だよ。)
サンドパン、いい加減
戦闘態勢になってくれ!
101020
そろそろ終わります
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