嘘
まさかまさかの、ダイゴ先輩の謝罪。許さないと徹する事も出来たかもしれないが、そうしようとは思えなかった。だって、先輩が私を見たときの目が本当に泣きそうだったから。それに、
「ありがとう。」
そう言った先輩があまりに嬉しそうに笑うから、(整った顔なだけに、実は少しどきりとした。)うっかり許してしまうことになった。しかし先輩も反省していたようだし、昨日は普通の話をして帰ることが出来たし、まあよしとしよう。
────ちなみに、そう思ったのは僅か四分前のことであった。
「名前ー!」
「うわっ!」
勢いよくタックルをかましてきたのはアカネとナタネだ。大声で私の名を叫んだ後、今度は内緒話をするかのように小声になる。
「ミクリ先輩はどーしたミクリ先輩はー!」
「へ?あ、…え?」
「ダイゴ先輩が本命だったんやんー!」
「ちょっと待った待った!何、突然?」
そういうとナタネが私を私の席までぐいぐいと引っ張った。なるほど、いくら小声だろうと教室の出入り口で女子団子は邪魔だ。
私を席に座らせ、ナタネとアカネは私の机の上のカバンを押しつぶし迫ってくる。(今日のお昼パンじゃなくてよかった。)
「ダイゴ先輩と付き合ってるんでしょ?」
「どうなん?やっぱ紳士で優しいんやろなあ!」
楽しそうに、また、どこかうっとりと言う彼女達に、とりあえずダイゴ先輩が優しい紳士では無いことを教えてやりたかったが、思考は一度停止してしまった。
そうだ、そう言えば私達はあの日付き合うことになっていたなあなんてことを思い出す。あれが冗談だったのか本気なのかはイマイチ分からないけれど、ここは否定しておきたい。きっと二人は私達が一緒に下校するのを見ただけなのだろうから。
「あのねナタネ、アカネ、私別にダイ」
「何で教えてくれへんかったん!?うちら親友やんか!」
「あの、だからダ」
「ダイゴ先輩が教えてくれなかったらずーっと黙ってるつもりだったの!?」
「だから…、…は?」
私は自分の耳を疑った。とても嫌な言葉を聞いた気がする。
「は?って、ダイゴ先輩が名前ちゃんと付き合うことになったから親友の二人には言っておくねって。」
「どこで?」
「昇降口で。」
「皆、いた?」
「いたけど、小声だったよ。」
小さく息を吐いた。良かった、取り敢えず彼は自分自身の人気っぷりは自覚しているらしい。…いや、あの感じだと自覚していない訳ないか。
とにかく、バレたのがこの二人ならなんの問題も無いことだ。むしろ、二人にダイゴ先輩と親しい(?)ことを隠す方が困難だったはず。つまり先輩に感謝してもいいくらいだ。…先輩がそういう思惑で行動したのかは別として。
だから今は、先輩の言うとおりの関係を装おう。
「うん、そう、実は付き合うことになって…」
「詳しく教えなさい!」
「ちょ、声大きい…っ、」
「名前。」
凛、背後からの透き通るような声に、慌てて全員で振り返った。
「あ、ナツメ、おはよ…」
「ホンマあんた気配ないわ!」
「……ごめん。」
ナツメは廊下側の一番後ろの席だ。入学当初は美人な上に無口で、オーラもあるからか怖がられていたこともあったけれど、話してみれば実際優しいいい子で今ではとっくにクラスに馴染んでいる。私は窓側の一番後ろなので授業中によく目が合うのだが、小さく手を振ってもらった時なんかは…かなりの胸きゅんである。
「名前を先輩が呼んでるわ。」
「え、」
「ダイゴ先輩。」
「…え?」
彼女の信じられない言葉に、慌てて教室の扉に視線をやった。するとそこには信じられない光景、あのダイゴ先輩が私に向かって手を振っているではないか。
「…ナツメ、私は忙し」
「ほらあ、はやくいきなさいってー!」
「押さないでぇぇ!?」
忙しいと一蹴してやるつもりが、ナタネに押されて結局ダイゴ先輩の前に躍り出ることになった。
「おはよう、名前ちゃん。」
「…オハヨーゴザイマス。」
何で来やがった!そう目で訴えるものの、お得意の爽やか笑顔でするすると躱される。ちなみに周りの視線も。さらにちなみに、躱すスキルなどない私はずくずくと突き刺されている。
「電子辞書持ってる?忘れちゃって。」
「…隣のクラスに行けばいいのに、なんでわざわざ隣の棟まで来てるんですか。」
「いや、初めに頭に浮かんだのが名前ちゃんで…。」
ダイゴ先輩はにやりと意地悪く嗤って、私の頭を撫でた。息を飲む音がいくつも聞こえたのは気のせいじゃないはずだ。先輩も聞こえたのだろう、笑い出すのを堪えているように見える。取り敢えず、意地の悪い吸血鬼に突っ込んでおこうか。
「はーい、」
絶対嘘ー。
(私を虐めたいだけでしょう。)
(バレた?)
(昨日の今日なのに懲りてない!)
100702
コガネ弁には目を瞑って
やって下さい…
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