嫌い
ミクリの祖母は吸血鬼だ。所謂隔世遺伝というものである。だからまた隔世遺伝があるかもしれないと、彼女はそっとミクリに耳打ちした。というのも、ミクリの父親はまさか妻が吸血鬼の家系だだのと夢にも思っていないからである。事実を知ったミクリは、幸い吸血鬼としての血は薄かったようで、血を欲することは一度もなかった。
彼は自分がそうでないせいか吸血鬼の家系だなんてこと気にしていなかった、それどころかむしろ忘れていた。そして勿論、その他人が聞けば幻想としか思えない事実を誰に言うでもなく、祖母の死とともにただ忘却していったのである。だから僕はミクリと随分長く付き合っていたけれど、そんな事欠片も知らなかった。
一方僕も、祖母と母が吸血鬼であったものの、心配されるような吸血衝動に襲われることもなく平穏な日々を暮らしていた。
そんな僕らがどうしてお互いがそうであると知り合うことになったのか。それは小学六年の秋に遡る。
ただ、僕はその遡るべき日の記憶がほとんど欠落していた。たった一日、その日の事だけ。ミクリに訊ねたことがあるけれど、ミクリも"忘れた"の一言。
"要らないよ、要らない。こんな子、要らない。"
僕は同じ年頃の、僕を吸血鬼だと何故か知ってしまった子に零した。ひどく悲しくて、胸が苦しかったのだけは覚えている。
それから気がついたらどうしてかミクリの家に彼とともに転がりこんで、血液ビンを押しつけられた。どうしようもなく喉が渇いていた僕はそれを三本飲み干すこととなる。その日が僕が初めて吸血衝動に襲われた日であり、初めて血を口にした日である。
さあ今どうしてこれを思い出しているかと言うと、あの日と今日が重なるからだ。正しくは、ひどく悲しくて、胸が苦しいあの感覚が。こんなにどうしようもなく悲しくて苦しい日はあの日以来だ。多分、僕が吸血鬼だと知ったあの子とあれっきりになってしまったのが関係している。つまり、単純に僕は名前ちゃんとこれっきりになりたくないのだ。
下駄箱に上履きを押しこむ腕がとても重い。待ち合わせ場所で待つつもりでいるけれど、もし、彼女が僕を見て恐怖に目を潤ませたらどうしよう。あれだけ意地汚いことをしておきながら友達でいて欲しいなんて虫のいい話だとは思うけれど、僕は確かにそうあって欲しいと切望している。
まだまだ夏の名残りがある日差しが眩しい。目を庇うように軽く手を翳す。
「先輩。」
聞き覚えのある声に手を下して正面を見る。僕を威嚇するように仁王立ちする女生徒は、今まさに会いたかった彼女。
「名前ちゃ、」
「私!」
恐怖を押し籠めた目が僕を射抜く。
「私、先輩なんか怖くないですよ!」
嘘を吐け。そう吐き捨ててしまいそうになるほどに、彼女がびくびくとしそうな体をその場に気合いで縫いつけていることが分かる。けれどそうしなかったのは、彼女の瞳は恐怖に染まりながらもしっかり僕を見据えていたからだ。僕は思わず笑ってしまった。
「昨日は、ごめん。もう怖がらせるようなこと、しないから。」
「………。」
だから僕と一緒に帰ろう。そう言うと、名前ちゃんは一度目を丸くしてから顔を逸らした。分かりやすい程に耳が赤い。本当にころころ表情の変わる子だ。
「それと、ありがとう。」
「?」
「僕を嫌いに
ならないでくれて。」
(何言ってるんですか、嫌いです。)
(さ、帰ろうか。)
100628
…何だこれ。
何かいろいろ方向間違えた…
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