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狂暴な生き物




「そんなにビックリした?」


そう言って笑うと、名前ちゃんはむうと頬を膨らませた。


「そりゃあもちろん!」

「まあ、そうだよね。」

「でもミクリ先輩が吸血鬼…、」


そこまで言って彼女はうっとりと目を細める。大体次に言うことは予想が付く。


「に、似合うかも…!だって先輩ってあの美貌だし、仕草も品があるし…」


予想通りの言葉の後に次々に飛び出す誉め言葉達、何が楽しくて友人のべた褒めを聞かなきゃいけないのか。必要以上の脚色、美化は恋する乙女の特殊能力のようなもので、僕にはとてもじゃないが半分以上(と言うか大半)が理解できない。最後まで聞いていられず、口を挟んだ。


「じゃあミクリなら血、吸われてもいいの?」

「…うーん、…うーん、……ちょっとなら!」

「ちょっと?どれ位ならありなの?」

「…えっと…け、献血レベルなら!」

「ふぅん。」


本気で飲まれる量を考える姿が面白いので、実はミクリは吸血鬼の血が薄いから血は飲まないとは教えないでおこう。


「ダイゴ先輩、」

「ん?」

「少しお聞きしますが…」


今度は隣を歩きながら目を泳がせ始める。本当に忙しない子である。まあ、からかい甲斐はあるのだけども。


「日の光で蒸発、」

「してるように見える?」

「見えないです。」


やけに真剣な声色で紡がれた言葉は僕からすれば相当馬鹿らしい質問だった。普通に育った普通の子供の普通よく聞く吸血鬼イメージは、実は現代において当てはまらないものは多い。血が薄まったせいなのか元々嘘っぱちなのかは知らないが、僕やミクリはガーリックトーストだって普通に食べるし、十字架を首からさげたって痛くも痒くもない、コウモリに手を振ったところで奴らはきっと無視だ。

唯一吸血鬼の血筋が色濃く残し続けるのは、血を欲する本能とそれに適する鋭い牙位なものである。いや、もしかしたらそれも間違いかもしれない。薄まっていても"これ"なのかも。


「じゃあ十字架とか、ニンニクとか…」

「これといって、何も。」

「うーん…あ、吸血鬼に噛まれたら吸血鬼になるんですか?」


名前ちゃんはもう恐怖やらは感じていないようで、普通の顔で僕を見上げ、首を傾げている。勿論、答えはノーだったが、それをただ伝えるのはつまらない。


「…試してみようか?」

「え?」


ぎゅう、名前ちゃんの腕を強く掴む。彼女の顔は一瞬で血の気が引いた。


「献血レベル、ならいいんだっけ?」

「ひっ」

そっと襟を横にひくと、白い喉がひくりと揺れた。それは僕ら吸血鬼には可愛いとか色っぽいとかじゃなく、美味しそうに見える。


「それは、ミクリ先輩、」

「僕だって、ミクリに負けず劣らず素敵な先輩でしょう?」

「…っ知りません!」


涙目で睨み付ける名前ちゃんに背中がぞくりと震えた。こんな反応をされたのは初めてだからだろうか。

告白しようと僕の前に立った子に、時々気紛れで血を貰うことがある。どうせ後で夢と混同されるのだからと、牙を見せて笑ってやると、彼女らは決まって泣きそうな顔になるのだ。初めはその顔にもぞわぞわとしたものだが、今となっては見慣れたもので面白くもなんともない。なので尚更、こんな反応を貰えた事が純粋に面白く、嬉しい。だからだ、僕の本能が騒めいて、腹が突然空き始めたのは。だからだ、胃がいっぱいなのに唾液腺がきゅう、と締まるのは。



「 僕 が 、 怖 い ? 」




ガチガチガタガタガチ、ガタ

彼女の歯が、腕が、小刻みに戦慄く。笑ってそれを見る僕は彼女の目にどれだけ恐ろしく映っているだろう。

ひゅ、緊張の為か名前ちゃんは大きく一度息を吸った。


「だ、」

「…だ?」


絞り出す様に発した声は震えている。初めての反応を見せた人間は一体どんな言葉を僕に投げ掛けるのだろう。内心楽しみに言葉を待つ。


「だっ」

「?」

「誰が怖いかっ!」

「え、うっ!?」


ばちーん!

予想外の言葉に、予想外の攻撃。いくらなんでも掴んで無かった彼女の左手が僕の右頬を打つとは思っていなかった。そして情けない事に僕は全ての攻撃の手を一瞬で防御に回したものだから、彼女という狂暴な生き物を解放してしまったわけである。これ以上何かされてたまるかと慌てて下がった。

彼女はきっと怒っているのだろう、俯いているけれど拳がぶるぶると震えている。少々僕は調子に乗ってからかい過ぎたらしい。溜め息を吐く。この団地の立ち並ぶ閑静な住宅街、毎日通る場所で怒鳴られたり喚かれたりしたらあっと言う間に噂が広まるはずだ。ほらあのツワブキさんちの、とか女の子と別れ話を、とか女の子とっかえひっかえ、とか尾鰭があり過ぎてきっと泳ぐ速度は音速か光速に違いない。どうすれば宥められるだろう。今までどうしてたっけ。そこまで考えてお手上げだった。だって僕はこんなにも女の子を怒らせたことは人生で一度もなかった。そして諦めて紡いだ台詞がこの台詞。


「いくら何でも、痛過ぎるよ。」


笑いたければ笑うがいい。だってこれ絶対右頬に季節外れの紅葉があるんだから。むっと眉を寄せ再び彼女の言葉を待つ。今度は楽しみではないけれど。

それからほんの数秒空けて勢いよく上がった彼女の顔は、本日三つ目の予想外。


「っ!」

「!」


揺らめく瞳からボロボロと留め処なく涙が零れている。それも、頬を顎まで伝う事が出来ない程の大粒。その顔に怒りはない。


「…っ!!」


名前ちゃんは口を開けたが、喉に詰まって言いたい事が出てこないらしかった。僕も何かが胸と頭にぎっちり詰まって、言葉も思考も紡げない。


「っばーか!!」


彼女は漸くそれだけ言うと、一目散に僕から遠ざかっていく。呼び止めることは勿論出来なかった。

仮にも先輩に向かって。と思ったが、よくよく今までを思い返せば僕は彼女にとって…言いたくないけれどあれだ、痴漢とか変態とかそういう不快な輩であった訳で、いっさいがっさい僕に弁解の余地はない。

それに、あの彼女の顔は、明らかに僕に恐怖していた。思い出すだけで喉の奥を引っ掻き回されるような気持ち悪さが襲う。

僕は、彼女に、恐がられてしまった。


狂暴な生き物
僕の方だ。

(腹が空いていたはずなのに、)
(苦しくて食欲は失せた)





100614
ここまでするつもりは
私にもなかったです
てかギャグのページ
だったはず
そしてどうしよう、
ダイゴ先輩変態過ぎる




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