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余裕




「……やっぱり、見ちゃったみたいだね…。」

「…な、んのことですか…っ?」

「誰かに言った?」


ぞわり、首の裏から脳みその後ろ側に氷を詰められたような感覚。きんきんに冷えているのにじっとりと汗ばむ。対して目の前のダイゴ先輩はいつも通りの涼しい顔だ。今の今まで先輩の”正体”をSMプレイが実はお好き、などと誤魔化していたけれど、目の前で嗤う先輩にそんな考えは一瞬で刈り取られた。確実に、ツワブキダイゴは人間ではない。その直感こそが鎌となった。そしてきっとそれは正しい、普段表に晒されない動物としての本能がそう叫ぶ。本能の脚色だろうか、先輩の赤い舌が赤黒く見える、並んだ歯に鋭い犬歯が交じっているように見える、ブルーグレーの瞳が赤く光っているように見える。

…なんて、そんなことを思っている場合ではない。このままでは私はきっと干物になってしまうだろう。


「誰にも、言ってませ、ん…っ」


つっかえつっかえになりながらも声を絞った。すると前を歩くダイゴ先輩は口元に手をやって可笑しそうに喉を鳴らす。


「意外と、賢くないね。」

「え?」

「しらばっくれればよかったのに、それじゃあ見ましたっていってるようなものだよ。」

「え、あ…あ!」


言われて気付く、どうやら私は墓穴を掘ったらしい。それも工事現場でみるような巨大な程の。私の慌てる様子がどれだけ面白いのか知らないが、先輩は未だにくつくつと嗤っている。


「困ったなあ。秘密がバレちゃった。」


絶対に困ってない、そう直感する。この人は知っているのだ。私一人が喚こうが騒ごうが、誰一人私の言うツワブキダイゴの正体など信じるはずが無い事を。

さしかかった横断歩道の信号機の青が点滅する。慌てて私達の横を過ぎていく人間に交じって駆け出したい気持ちでいっぱいだ。立ち止まった先輩の向こう側、変わってしまった信号機の赤が恐ろしい。先輩は交差点全ての信号機が一度赤く染まる瞬間にゆっくりとこちらを振り返った。


「人気の無い道で、君を干物にしてしまおうかな。」


ぺろり、舌舐めずりした先輩に思わず一歩後ずさる。なんて、ね、そう囁いて嗤う先輩はぞっとする程に妖艶だ。


「でもね、君に僕の事バラされると困るのは確かなんだよね。」

「ば、バラしません!」

「どうかなあ。」


わざとらしく腕を組んだ先輩に、何となく嫌な予感。


「僕が君を見張ればいいかな。」

「見張る…?」


見張るとは不快な響きである。常に自分の行動が知られているような、そんな響き。実際には先輩だって先輩の生活がある訳だからそんなことは不可能だろうけれど、それでも見張るとはいい響きではない。


「学年違うし、うーん…どうしようか。」

「…えーっと、私に聞かれても…。」


いつの間にか信号機は青に変わっていた。それでも渡ろうとしない私達を横断者がちらちら一瞥していく。動物とは感心する程図太いものである、自分の身の危険が回避されたと思えば直ぐに思考にも神経にも余裕が戻ってくる。再び赤くなった信号機はもう怖くなかった。ぼんやり信号機を見つめていると、先輩が思いついたようににっこりと笑った。


「そうだ、付き合おう。」

「どうしてそうなった!」


再び余裕
奪われた

(見張りやすそう。)
(認めませんそんな見張り方!)





「彼女と干物、二つに一つだよ。」
「選択が究極過ぎる…!」
100609




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