渇き
保健室に並ぶベッドの内、一つだけ仕切られたカーテンを退けると、ダイゴが上半身を起こしぼんやりこちらを見て呟いた。
「おなかすいた。」
「…呆れたな。」
私は深く溜め息を吐き出した。果たしてダイゴは現状を把握出来ているのだろうか。開いたカーテンを再び閉じ、ベッド横に立つ。
「分かっているだろうけれど、貧血だ。ろくに食べてないだろう。実行委員でも何でもないのに真っ先に倒れてどうするんだ、おかげで言い訳に苦労したんだからな。」
「………もう放課後?」
「………………ああ。」
吐き出そうとした溜め息ももう馬鹿らしくて、代わりに言葉を吐き出すように落とした。
「荷物もってこようか?それとも何か食べられるなら先に何か買ってこようか?」
「いや、荷物を頼んでいいかな。帰るよ。」
「本当に大丈夫だろうな。道端で行き倒れたりしないか?」
「大袈裟だよ。」
小さく笑うダイゴの顔色は、お世辞にも良いとは言えない。血の気が失せて、よっぽど吸血鬼らしい顔色をしていた。その顔色は、まるであの日のダイゴの様で、思わず言うはずでなかった話が零れそうになる。うっかり零さぬうちに去ろうと背を向けるより早く、ダイゴが私を呼びとめた。
「ねえ、ミクリ。」
「…なんだい。」
嫌に真剣味を帯びた声に、ぎくりと心臓が跳ねる。促すも、声をかけた本人が少しまごついて、一度視線を下げた。数拍置いて視線を上げると、意を決したように、形だけは頬笑みを保ったままのその口を開いた。
「僕はどうして吸血鬼になってしまったんだろうね。」
それは、もう随分と聞いていなかった、懐かしい問いかけ。
「…そんなの、私に聞かないでくれよ。」
「だって、ミクリは知っているんだろう?」
突然血液を啜る化け物になってしまった己を認められなくて、どれだけ悩んだだろうか。この質問はまさにダイゴのもがきそのものだ。本来理性的であるダイゴだからこそ、その本能に理由を見出そうとしていたのだろう。そして事実、理由のような切っ掛けは存在した。けれど、
「知らないよ。」
「嘘吐き。」
それらは全て過去のこと、今更取り戻すことは出来ない。その過去を語ったところで、ダイゴが人間に戻ることはないだろう。そして、ダイゴを人間に戻す者は私ではないし、きっと"あの日のあの子"でなくてもいいのだ。だったらやはり、過去を語ることに意味はない。そう、意味はないのだ。
「もうほとんど覚えていないあの日に、僕は突然吸血衝動に襲われるようになったけれど、多分、切っ掛けがあったんだよね?」
「………。」
「ミクリは、これには答えてくれないよね。」
「ダイゴ。」
あの過去に意味はない。なのに私はこんなにもあの日の事を、今更零しそうになっている。本当に意味はないのか?そう自問自答する私がいるのだ。現についさっき、あの日と同じ過ちを犯そうとしたダイゴ。その彼にあの日の話をすれば少なくとも過ちは起きないのではないのか?その自問に、なるほど確かに起きないかもしれない、そう自答する。けれども、
「私が何を言ったところで、君のその衝動は絶対に変わらないだろう。…ただ、」
私が今あの日の話をしたのなら、
「今、名前ちゃんの血を吸ったなら、君は二度と人間には戻れない。…多分ね。」
ダイゴは一生吸血鬼のままだ。
癒えぬ渇きにもがく
(渇きを癒したくば)
(牙を抜き去るといい)
140901
終わりそうで終わらない…
すごくぐだぐだ感…
多分次もミクリさん視点…
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