おなかへった
「…何。」
「…何も?」
本日何度目か数えるのも馬鹿らしくなるほどのこのやり取り。コン、床に置いたペットボトルの軽い音が中身が空になった事を告げる。
ミクリは先日から僕の側を校内で片時も離れずにいた。もはや監視と言っても過言ではない程に。
ただでさえ今までにない猛烈な吸血衝動と空腹からくる胃痛に苛まれていると言うのに、ミクリの纏わりつくような監視に苛立ちが増していく。僕の些細な変調をも察する敏い親友に有難迷惑と言う言葉を叫んでやりたい。水分で誤魔化す事の出来ない空腹が僕の代わりにきりきりと叫んだ。
「ね、ミクリくんちょっといい?」
何かの図面を持った女子が、ゆるく手招きしてミクリを呼ぶ。
「ああ、何だい?」
ちらり、ミクリは僕を一瞥した後、しぶしぶと言った様子で彼女に寄っていった。
彼の色彩感覚が頼りにされているおかげで時折訪れるこの小休憩だけが、息をつける僅かな時間だ。ペットボトルに手を伸ばす。
(…あ。)
軽すぎるそれに空である事を思い出し、重い溜め息を吐いた。ああ、喉が、渇く。
何となしにミクリの方を窺うと、彼はこちらに背を向けて図面に夢中になっているようだ。ああでもないこうでもないと相手とアイデアを出し合っている。
ふ、と。
これは、チャンスなのではないか――?
そう思った。
朝から続く監視に気が滅入っていたところだ。何、手洗いに行ってその足で水飲み場に立ち寄ってくるだけだ。問題ない。そもそも、監視をしているというのは僕の体感であって、直接ミクリに動くなだとか見張っているだとかその理由だとかを告げられた訳ではない。つまり"何も知らない僕"が彼の監視下を許可なしに抜け出すことを、彼が咎める権利も理由もないのだ。
ぶらり、僕は教室を出た。
ああ
おなかへったなあ
(じゅるり)
120817
121209 修正
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