壊れてしまう
昨夜、ミクリ先輩からメールがあり、早めに学校に来て欲しいということで早めに来たのだが、話された内容は不思議なことだった。
「え?それは、どういう…」
「そのままの意味さ。」
内容はこうだ。"ダイゴ先輩に近付くな。"…突拍子もない事だったので思わず聞き返してしまった。間抜けな声が人の少ない廊下に響く。
「無期限と言う訳じゃない。暫く、だ。ダイゴの為にも、君の為にも。」
「…ええっと…」
首を傾げると、ミクリ先輩が苦い顔で申し訳なさそうに言った。
「ダイゴの様子がどうもおかしくてね…。悪い予感がするんだ。」
「それは、…あの、…えっと…。」
先輩が吸血鬼であることに起因するのか?その疑問は言い淀んだ私から察してくれたのだろう、ミクリ先輩は静かに頷いた。
「私もはっきりとは言えないんだが、多分、そうだと思う。」
「…私さえ、側に寄らなければ何とかなることなんですか…?」
「…恐らくは。」
先輩が言うことは簡単に実行できる。今日までの準備期間、それから文化祭の3日間、振替休日2日間は帰宅時間がバラバラな事とお休みであるからダイゴ先輩とは会わない予定だからだ。暫くの期間はわからないが、少なくともその期間内であれば無理をせず避けることは可能である。
しかし、"私さえ"。その意味がわからない。吸血衝動が危険だと言うのなら危険なのは私だけではないはず。現に先輩は過去に女生徒の血を啜っていたのだから。私ではない、他の人間の血を。ぎり、握った拳で、爪が手の平に食い込む。
ああ、私の血だけを啜ればいいのに。私だけの、吸血鬼になってしまえばいいのに。
我ながら狂っているんじゃないかと思う程、歪んだ独占欲だった。咄嗟にそんなことを考えるだなんてぞっとする。
「いや、確実に。」
はっとした。凛とした声できっぱりと言い切ったミクリ先輩の目は、真っ直ぐに私を射抜いている。
「名前ちゃんは、ダイゴの事、好きかい?」
まさかあ。そんな風に笑って流せる視線ではなくて、私はどこも動かせず、何も言えなかった。数拍置いて、先輩は続ける。「もし、君がダイゴを好きなら、」確信だった。先輩の口調は仮定法を用いていない。私の気持ちなんてとっくの昔にお見通しなんだろう。
「絶対にダイゴに近付いたらいけない。私がいいと言うまでは。」
鉛を吐き出すような重苦しい口調で告げたミクリ先輩は、そっと目を伏せる。「もし、」私も重々しい口調で仮定してみた。先輩の目がちらり、私を見てから言葉を遮る。私の"もし、"の後もお見通しだった。
「君も、ダイゴも、全部」
壊れてしまうよ。
(めちゃくちゃに)
(あんな風に)
120214
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