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嫌な予感


「そこのハサミとってー。」

「あいよっ。」


活気に満ちた教室に、ジャージ姿のクラスメイト。教室の窓に張り付ける宣伝用のポスターに、大きく"タ"の字を描きながら思わず口角を上げた。文化祭は確かに面倒ではあるけれど、大勢で一つの作品を作り上げるのはとても素敵な事だと思う。


「ミクリくん、字、これくらいでいいかなあ?」

「うん、いいんじゃないかな。」


"ピ"と言う文字と可愛らしいイラストが鉛筆で下書きされたポスターを掲げるクラスメイトに、大きく頷いた。やはり、文化祭はいいものだ。私は再び自分が担当するポスターに向きった。そろそろ清書しようかと思った時、ふとそれが陰る。


「うわあ、几帳面だなあ。」

「…ダイゴ。」


私の手元を覗きこんでいたのは、幼馴染のダイゴだった。


「下書きなのにもう清書みたいだ。」

「きっちり描かなければ清書の時に困るだろう?」


少々得意気に笑ってみせると、ダイゴは苦笑してみせる。

「昔っから変わらないね。」

「お互い様だ。」


ダイゴは近くからペンの入った箱を掴んできて、私の隣にしゃがみこんだ。普段通り少し口角を上げた表情の彼は、色白だけども血色のいい、やはりこちらも普段通りの顔色だった。

私の、思い過ごしだったのだろうか。今朝会った時、どことなく体調が悪そうに見えたのだが…。まあ、悪く無いならそれに越したことはない。準備期間に体調を崩したら苦い思い出になるだろう。

かしゃかちゃ

たくさんのペンの中から色を吟味する。何色がいいだろう、隣に並ぶポスターのカラーを確認してからの方がいいだろうか。直ぐ後ろで描かれているであろう"ピ"の字を確認しようと、振り向こうとして、止まる。


「……っ?」


じっとり。その擬音が聞こえてきそうな程に、穴が開きそうな程に私を見詰めるダイゴと目があった。思わず息を飲む。まるで蒼く煌めくガラス玉だった。瞬く事も揺れる事もせずに私を射抜いている。――異常。その言葉が頭を過った瞬間だった、人形の様に固まったダイゴの唇が吐息を吐いたのは。「そういえばさ、」


「…何だい?」


やっとのことで搾りだした声は震えていたと思ったが、ダイゴにはさして気に留める風もなく嗤って続けた。


「忘れてたけど、あの子ってミクリが好きなんだよね。」


数拍の、間。


「――は?」


唐突に紡がれた言葉に、思わず漏れたのは品の無い声だった。何を今更言っているんだろう、この男は。勿論、今更わかりきった事を、と言う肯定の意味ではない。何を今更過ぎた昔の話題を掘りだしているのだろうか、ダイゴは。そう言う呆れの意味での"今更"である。

私の素っ頓狂な間抜け声をどう捉えたのかは知らないが、ダイゴは笑んだまま力なく立ち上がった。そうして言った。しかし、やはり嗤ったまま。


「まあ、どうでもいいことなんだけど。」


嘘を吐け。


何か嫌な予感
(思い出すのは)
(あの日の事。)





120111




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