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軋む



いつも通りの待ち合わせ場所で、二言三言の会話の後、思いついたように先輩が口を開く。


「で、どう?文化祭。」

「順調…ですかねぇ…、まだ準備期間前日だからなんとも言えませんけど。…準備期間三日は結構短いですよね。」


内容はやはり文化祭の事。明日から始まる3日間の文化祭準備期間、授業丸潰しで生徒の大半はお祭り前からお祭り騒ぎ状態になる訳だが、出し物によっては相当忙しいものになるに違いない。部活動の発表やらで予定が重複している生徒もいたり、運営や校内装飾のスタッフに所属するものがいたりして中々切羽詰まりそうなので、きっとトラブルも起きるだろう。そう考えるとやはり3日は短くも感じた。


「そう?名前ちゃんのとこって何やるんだっけ?」

「喫茶店です。杏仁豆腐とか、紅茶とか…。」

「あーじゃあ直前に忙しくなるヤツだ。」

「どうですかねー。装飾もそこそこだし、調理っていうより盛り付けものだから結構楽だと思いますけど。」


ポスター担当や看板担当も決まっているし大した数を作る訳でもない。机やらを廊下に出したり室内の装飾をしたりも3日間かかるとも思えないので、出し物としては準備も経費回収も楽なものだと思う。当日各自の準備もエプロンと三角巾くらいなものだし。


「先輩は?」


ちらり、考えに巡らせていた視線を先輩に向ける。先輩は自信満々に口角を上げた。


「タピオカ。」

「えっ!いいなあ絶対行きます!」


タピオカなんて、女子から大人気必至に違いない。どや顔の先輩の発言に思わず食いつくのも悔しいが仕方ないだろう。どや顔先輩が、続ける。


「僕に会いに?」

「もちろん、先輩のいないときに。」

「ふふ、素直じゃないんだから。」


素直じゃないって、何がだ。思わず顔を背けた。もちろん、図星だから。どや顔もかっこいいとか思えてしまう自分の重症さに呆れる。と同時、自分の気持ちがバレているんじゃないかと怖くなる。

忘れかけていたけれど、私と先輩は付き合っている振りをしているのだ。いや、厳密に言えば振りでさえない。誰かに関係を示すためにしているのではない、ただ見張りやすくするためにそうしているだけ。きっとこの気持ちは届かない。どころか、伝える術すらないだろう。ポピュラー過ぎる少女漫画の序盤みたいだ。関係を壊すのが恐ろしい、今更どう色恋に繋げればいいのか分からない。なんて。だけど少女漫画なら終盤で彼もヒロインを好いていることが分かり、ハッピーエンド。でも、現実はそんな風に上手くは転がらないことを知っている。実は根が優しいこの先輩は、困ったように笑って優しく私をフるだろう。そうして、離れていく。見張り?そんなもの元々必要のなかったものなのだからあっさり消失。デッドエンド。

いたずらっぽくくすりくすりと笑う先輩を無視して、小さくため息。そしてため息の先に、見知った顔。


「!」

「?」


ばっちり目が合ったのは、同じクラス、同じ委員会の例の彼だった。校門まで伸びる石畳のすぐ横、テニスコートに隣接したベンチで数人と談笑している。見なかった振りをするには遠すぎるし、気まず過ぎる。一拍置いてようやっと言葉が喉のつっかえを通り抜けた。言葉が舌まで乗り上げると同時、口角と右手も少し上げる。


「じゃあね。」

「お、おう。」


なるべく自然に、自然に。そうお互い心掛けたはずなのにどう見ても不自然な別れ方をして彼を通り越した。先輩が気持ち小声で問いかけてくる。


「友達?」

「はい、クラスの。」

「仲悪いの?」

「えっ、そんなこと、ないですけど…。」

「ふーん?」


納得いかない様子で首を傾げる先輩に、あえて会話を続けさせないよう歩を進めた。でもそれは数歩のことで、直ぐにまた先輩は隣に並ぶ。何だ、コンパスが違うってことですかそうですか。「もしかして、」先輩がぽつり、呟いた。


「……告白された、とか?」


まさかね!何が楽しいのか明るい口調でそう続けた先輩に何の反論も出来ず、何をどう言っていいのかも分からないのでただひたすら地面を睨んで模範解答を探す。


「………。」

「………図星?」


何だか更に恥ずかしくなって、肩に掛けたカバンの肩ひもをきゅうっと握りしめた。告白が日常茶飯事だった先輩なら、告白など取るに足らない事なのだろうな。そう思ったら今度は心臓がきゅうっと痛くなる。そしてますます上げられない頭の上に、ずしり、先輩の言葉がのしかかった。


「名前ちゃんを好きになる子なんているんだ?」

「……どういう意味ですか。」

「そういう意味だけど?」

ダイゴ先輩の返答に、少し苛立った。し、ちょっと傷ついた。どうせ意地の悪い顔で愉快そうに笑っているんだろう。だから何か言ってやろうと思ったのだ。じろりと見上げて、口を開こうとした。そして止める。意地の悪い笑みを浮かべている人間はどこにもいなかったのだ。


何かが軋む
(引き結ばれた口、)
(その下に鋭い犬歯。)





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あきゅろす。
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