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好き




絆創膏の下の傷口が、未だにぬるりとした感覚を訴えている。犬か何かの様に私の膝を舐める先輩、口付けるように寄せられた薄い唇、異常だった。私の身体じゃない、血液目当てのあの行動はまさに異常。伏せられていたぎらついた瞳、時々当たった鋭い犬歯、それらが先輩を吸血鬼だと教えていた。それなのに、…それなのに私はあの異常行動を許容してしまったのだ。先輩の、気が済むまで。

だから、あの場でもっとも異常だったのは、吸血鬼の先輩ではない。あの異常を許した私自身だ。拒絶なんていくらでも出来たのに。あの足を鳩尾に埋めるだけだったのに。



ああ、(『…、なめて、いい?』)頭が(『ねえ、』)酷く(『…断る理由、それだけ?』)痛い。(『どうしても、××、××いん、だ。』)





「名前?」

「!、な、何?」


掛けられた声にはっとした。


「何って、それ…。」

「…あ。」


それ、という言葉が差したのは私の両腕に抱えられた色とりどりのコーンだった。たくさんの用具がひしめき合う奥から、同級生の男子が腕を伸ばしている。


「ご、ごめん!」

「ん。」


彼の手に渡ったコーンが、他のコーンに重ねられた。ぱんぱんと両手を叩き、砂を払う彼が窮屈そうに用具を避けて出てくる。


「他、もうない?」

「うん、用具は多分これで全部。戻ろう。」


体育倉庫を出て、施錠した。がちゃん。体育祭後の後片付けは正直辛い。へとへとの体にムチを打つ体育委員の顔は皆一様に疲れが浮かんでいるのだ。

しかしとりあえず私達の分担は終わったので、あとは教室で他のメンバーの仕事が終わるのを待つだけ。私は深く息を吐いた。


「なあ、名前。」

「んー?」


けだるさを微塵も隠さず同級生を振り返る。彼の顔に疲れはない。いや、疲れ以上の何かに追いやられているようだ。思わず私は瞬きを繰り返した。


「どうしたの?」

「えっと、あの、さあ。」


彼の足が止まる。一歩進んで、私の足も止まった。きうぅっ、緊張が心臓を締め付ける。


「あのさあ、おれ、お前が、」


きうきう、頬が熱くなった。


「先輩と付き合ってんの、知ってんけど、…」

「………。」


薄汚れた手の平に汗が滲む。"先輩"、その言葉を何度か脳みそが呟いた。先輩、先輩。色素の薄いあの先輩。意地の悪いあの先輩。吸血鬼の、あの先輩。


「それでもさ、おれ、あの、お前がさ、」


好き、だから。」
(おかしいな、)
(目の前の彼より、あの…、)





110922




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