反射
「うーん、長いよね、もう。」
「え?」
帰りのホームルーム後、僕の席まで来たミクリが唐突に呟いたものだから思わず惚けてしまった。鞄からミクリに視線をやると、彼のそれは窓の外に投げられていた。
「九月の頭からだからもう一カ月経つね。」
「……ああ、名前ちゃんとか。」
付け足された言葉に理解する。どうやら彼女のことらしい。何故かミクリは常々彼女を気に掛けている。そして何故か僕は少しだけそれが、…気に入らない。不満をミクリに悟らせる為にわざとらしく返答に間を開けたにも関わらず、彼もまたわざとらしくそれを無視して続ける。
「なんだかんだ上手くいってるよね、付き合っててさ。」
ミクリの視線は窓の外に投げられたまま。
(あ、そうか、付き合ってたのか。)
沈黙がミクリの視線を僕に引き寄せる。ぼんやりその様を見ていると、彼の眉間が僅かに寄せられた。それから、溜め息。
「付き合ってたのかって顔するな。」
「エスパー。」
「ところで、本気なのかい。」
「本気?」
ミクリの言うところは直ぐに分かったが、やっぱり僕はわざとらしく気付かない振りをする。でもこれは不満からくるものではなかった。じゃあ何かと聞かれたら、それこそ言葉に詰まるかもしれない。何故ならその質問に返せる答えも、誤魔化しも思いつかないのだ。
ただ、何となく…その場逃れの嘘を吐いた時の気分がじんわりと喉を固くした。
「初めは遊び感覚で付き合うって言い出したんだろう?」
「…何でも知ってるね、エスパー?」
「…ダイゴ。」
咎める様に僕の名を吐いたミクリは妙に真剣な顔をしていて、僕は少しだけ怯む。しかし気持ちとは裏腹に、僕の使い慣らされた唇が僕を庇いだした。
「本気だかはわからないけど、少なくとも今は遊びを止める気はないよ。」
「……。」
「それより、ミクリが止めないのが意外。」
「……。」
「何か、意味でもあるの。」
つらつら、つらつら、つる。まるで脊髄反射の様なそれが、ミクリを封じる。ミクリはじっと僕を見ながら、どこか一度遠くを見た。それから、散々迷ったのを隠しながら返事を投げる。
「…特に意味はないよ。」
脊髄が畳み掛けようと唇を揺らす。
「嘘だろ。」
「嘘じゃないさ。」
脊髄反射。
「何を思ってる?」
「さあ?」
脊髄反射。
「まあいいや。」
「帰るの?」
脊髄反射。
「うん、待たせちゃうし。」
ミクリと僕の脊髄反射が、止まる。は、っとミクリを見ると、彼は勝ち誇った様に笑んでいた。
「…今日委員会だよ。」
「あ。」
そう、今日は月に一度の委員会の活動日。恐らく体育祭関係の話で体育委員も保険委員も長引くだろうから別々に帰ろうということになっていた。…迂濶。
僕はにやにやと趣味悪く笑うミクリを一瞥し、机の上の鞄を乱暴に引っ掴んだ。
「よっぽど会いたいみたいだね。」
「…本当、うるさいなあ…!」
反射、反射、
(紅潮する顔が)
(憎くて堪らない)
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