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熱い




「あんまり見るとこなかったね。」

「そうですね。まだ一年生ですし。」


二人でいつもと違う道を歩きながら呟いた。

今日は先輩と図書館に寄った。小学生の頃、広い広いとはしゃいだ図書館はこの年になってもやはり広く、敷地に入っただけで物珍しげにきょろきょろと見回した私を先輩は笑った。それも、やっぱりあんまり来ないでしょ、なんて失礼な、けれども大当たりな発言をしながら。大多数の本が納められているのは本館だったが、私達が入ったのはその隣の”館”という字さえもらえない休憩スペースだった。ガラス張りのそこは外から丸見えだったが図書館自体人が少ないうえ、その休憩スペースがガラガラなことも外から見て確認出来たので、さほど人目は気にならなかった。高校の方も図書室や自習室が設けられているし、市立図書館は学校の最寄りのバス停や駅とも真逆な上地元に住んでいる子も少ないのでまず同じ高校の生徒に会う事はないだろう。肝心のその休憩スペースは立派な本館と、立派な石畳を挟んだ向かい側にあるこぢんまりとしたもので、中には自動販売機と綺麗に並べられたまっ白いテーブルがあった。先輩と私は本館から直ぐには見えない列の、窓際から一つ分あけたテーブルを陣取った。

そこでの勉強は予想以上に捗った。自宅で勉強する数倍は時間を有効に活用出来た。数学の証明問題で、解答を見ても分からなかったものはあっさりダイゴ先輩によって解決されたし。勉強会を開いてよかったなあとしみじみ思う。


「でも捗ったね。」

「そうですね。」

「あ、また明日…っていうかテストまでこのサイクル続けるつもりになってるんだけど。」

「え。」


いつも通らない道から、下校の道へと差し掛かった。すると半歩前を歩いていた先輩が軽く私を振り返って言う。


「嫌?」

「やじゃないです。むしろありがたいんですが、先輩大丈夫ですか?」


今日だけだとは思っていなかったし、これからの事も期待はしていたが、てっきりあと一、二回の事だと思っていた。先輩が道端のフェンスから飛び出した木の枝を避け、私との距離が少し狭まる。


「大丈夫じゃなかったら言わないよ。」

「…そーですかー。」

「それに、僕も正直捗ったんだよね。…どう?」


先輩はもう一度、さっきより近い距離で私を振り返った。無駄に顔面偏差値の高いその顔が、無駄に綺麗に微笑んでいるものだから、…ずるい。あれだ、この人は、花より美しい。綺麗な花を近くでじっと見ると妙な気持ち悪さを感じたり、パンジーなんかよくよく見るとたくさんの顔が陳列されているように感じたりするものだが、この人は近ければ近い程美しい人である。吸血鬼は美しい、なんて、誰に聞いたかも分からない話を信じていたけれど、その話を絵に描いた吸血鬼が今ここに居ることをその誰かに教えてあげたくなった。

恥ずかしい事を平然と考えていた頭を慌てて落ち着かせる。先輩を見ると、少し長い間を不思議に思っているのだろう、首を傾げた。


「お願いします。」

「じゃあ、決まり。」


二人でにんまり。ああ、これはなんだか昔秘密の秘密基地だとかそういう話をしていたときの感覚に似ている。そこでちょうど、いつも別れる十字路に差し掛かった。


「じゃあ。」

「あ、待って、送るよ。」

「え、」


軽く手を挙げた私に対し、先輩は同じ方向に歩を進める。


「や、いいですよ。すぐそこですし。」

「すぐそこなら尚更いいでしょ。」


制止しようとするのを気にも留めず、さっさと先輩はずんずん進んでいく。ちょっと待った待った。


「悪いです。」

「もう暗いんだから、気にすることないよ。それに、まあ、名前ちゃんも一応女の子だしさ。」

「一応は余計ですが。」


どうやら言っても聞かないし、ちょうどうちの近くの電灯が二、三カ月前に切れたところで怖かったし、まあお言葉に甘えようか。


「じゃあ、お願いします。」

「はい。」

「暑いのに、こんなとこばっかりもう秋ですね。」

「そうだね、この時間この間までは明るかったよね。」


そう言って二人で何気なく空を見る。まだ真っ暗ではないのだけれど、ぼんやり月が出ていた。それを確認してから徐に先輩が右手をそっと差し出す。


「手とか、繋いじゃう?」

「……、寝言は、寝てからお願いしますね。」

「はは。」


厳しいな、なんて言いながら笑みを濃くして、やっぱり先輩は半歩前を進む。それが本当に救いだった。だってなんだか、


頬が熱い
気がしたから。

(ちくしょう、)
(この吸血鬼め!)





(反則技ばっか!)
100711




あきゅろす。
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