呼ぶ
「見て下さいマツバさん!」
「わ、その子なんてポケモン?」
「ムックルです!」
満面の笑みを浮かべるナマエちゃんの肩に、ひこうタイプだろうポケモンがちょこりと乗っている。見たことがないので他の地方のポケモンだとは思ったが、名前を聞いてもやっぱりわからなかった。
「シンオウ地方版ポッポ、ですかね?」
「えーっと、どこにでもいるんだ?」
「そうみたいです。」
やっぱりどんなポケモンかはよくわからなかったが、どうやらポッポ並に分布場所が多いポケモンらしいことだけはわかった。それにしても愛らしいポケモンだ。(ゴーストなんかよりずっと、ずっとずっと女の子に相応しいポケモンだと思う。)
「えーっと、そのムックル?をどうして君が?」
「親がくれたんです。お父さんの転勤でシンオウにいるので。」
ナマエちゃんが指を差し出すと、ムックルはつんつんと優しくつついたり、頬を擦り寄せる。一昨日会ったときはまだいなかったからなつき始めのはずだが、その割によくなついていた。
「じゃあ今一人なの?」
「はい、3ヶ月前から。私も行こうって言われたんですけど、友達はみんなこっちですし…」
「そっか。一人大変じゃない?」
「大丈夫ですよ、慣れちゃいました。」
ナマエちゃんはそう言って笑うけれど、やっぱり心配だ。僕の大変?を、彼女は生活のことを言っていると思ったらしいが、それだけではない。もう秋も半ばで、これから冬に入ればこの時間はきっと真っ暗だ。最近は物騒だし、解散したはずのロケット団がこそこそなにかしているとも聞くし、とにかく女の子の一人歩きは危険だ。ゴーストを出して歩いていようが、彼女がトレーナーとしてそれなりに優秀だろうが、やっぱり危険に変わりはない。何かあったら直ぐに僕に電話して。そう言おうとして口を開き、閉じた。何故なら、彼女が危ないと思ったときに果たして僕に電話するだろうか、と思ったのだ。付き合ってこそいるものの、彼女は僕に電話をしないと言い切った。その真意も結局掴んでいないし、吐いた言葉が上辺だけのものになるのは、嫌だ。
しかし、何故僕はここまで色々考えを巡らしているのだろうか。
「ハヤトくんは大喜びでしたけどね。」
(ほら、ね。)
何がほらねなのかはさっぱりわからないけれど、それでもやっぱり今僕が内心呟きたい言葉は、ほらね、だ。
「ひこうタイプのよさに気付いたのか!とか言ってジムトレーナーになってみないかとか言い出したんですよ!そんなこと言いながらあれは絶対、」
「手持ち全部ひこうタイプにする。」
「そう!そうです!絶対そういう顔!!」
無類の鳥好き(?)の彼が言いそうな台詞を溢すと、見事ナマエちゃんの考えに合致したようで今までに無いほど力強い頷きをもらった。
「そんなの絶対嫌!だし無理!」
「はは。…でもそのムックルは可愛いね。」
「はい!可愛いです!肩に乗る位小さい子を持つのはちょっとした夢だったので、本当、嬉しいです!」
にこにこっ!…そんな擬音が聞こえそうになる程微笑まれると、何だか意味もなく照れくさくなる。
「撫でてもいい?」
「どうぞ!」
照れ隠しにとりあえずそう言ったら、ナマエちゃんはにこやかなままあっさり快諾した。や、この場面で拒まれるのは普通ないだろうけれども。
「………。」
すい、ナマエちゃんとの距離が詰められる。びくり、手を思わず引くと笑われた。
「おとなしい子なので、つついたりはないと思いますよ。」
気を使ってか、再び彼女から距離を詰めてきた。ああごめん、そうじゃないんだ。僕が手を引いたのは、つつかれたりするのを恐れた訳じゃないんだ。ただ少し、上からみた君の背が思う以上に低かったことだとか、頬に落ちた睫毛の影が長かったことだとか、薄っぺらな肩だとかに、ただ本当に少し、驚いただけなんだ、よ。
誰が聞くでもない言葉をだらだらと並べて、気が付くとムックルの可愛いらしい円らな瞳が僕をじっと見つめていた。(…忘れてた。)
出来る限りそっと指を伸ばす。ふかふかそうな毛に指先が埋まるまであと少し。少し。
「!あ、ムックル?」
「…!」
ぴょこぴょん、ムックルは寸でで僕の指を避け、ナマエちゃんの肩を器用に伝って、逆の肩に引っ付いた。僕は伸ばした指先のやり場に困ったまま、唖然とムックルを見つめる。そうしたらやっぱり、ムックルも僕を見つめていた。やり場を無くした指を、ナマエちゃんの頬の横で丸めて、自分の元に引き返させる。ああなんだろう、このどうしようもない虚しさ。ぎう、丸めた指が更に丸まろうと悲鳴を上げた。
その悲鳴がさらに
虚しさを呼ぶ気がした。
(それでも悲鳴は止まらない。)
(指先から、だよ。)
「ところでその子男の子?」
「何で分かったんですか?すごい!」
100520
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