庇った
「好きです、付き合ってください。」
暫く聞かなかったお決まりの台詞に内心溜め息。週に1、2度あった、女の子が僕の前に立って俯きながら小さな声で告白、というのはもう随分久しぶりな気がする。あれ、計算してみたらまだ二週間しか経っていなかった。
僕には今、正直女の子に構う暇がない。し、一応彼女がいる。酷く矛盾しているかもしれないが、そんなこと相手に分かるはずもないので、結局お決まりの台詞お決まりで返すことに変わりはない。変わるとすれば申し訳ないけれど僕は今誰かと付き合うつもりは無い、が申し訳ないけれど僕は今彼女がいる、に変わるだけだ。
「えっと、」
だけど少しだけ言葉に詰まる。こんなときにすっかり忘れていた罪悪感が神経を飛び交った。
「彼女がいるのは、知ってます。」
「え、」
僕が再び開口するより早く、彼女が口を開いた。一瞬内容がすんなり理解出来ず、多分僕は酷く間抜けな顔になっていただろう。それを取り違えた彼女は目を少し吊り上げた。
「知っていて告白なんて、不思議ですか。」
「…いいや、そんなことないよ。」
「どうしてマツバさんはあの子にしたんですか。」
少々きつい声で発された言葉に疑問符はない、…非難に近い、と思う。大体そんなことを聞かれたところで、僕はそんな質問(と言う名の非難)を予想したこともなかったから答えなんて用意していないし、ましてや正直に偶々だとかそんなことを答えられるはずもない。どうしようか思案していると、元々答えを求めていなかっただろう、彼女は直ぐに言葉を発する。
「あの子、別にマツバさんと仲良くしてた訳でもないじゃないですか。顔が可愛いからですか。可愛いなら他にいくらでもいるじゃないですか。性格?性格なんか知らないですよね?」
うわ。はっきり脳内でそう声を上げた。あと、溜め息。
失礼ながらどうやら彼女は面倒な部類の子らしい。ああそういえば何度かジムの前で見かけた気がする。彼女は多分自己主張の激しいタイプ。きっと僕のことなんか大して好きではなくて、僕が彼女を選ばなかったことに対して納得がいっていないだけなのだ。さあどうしたものか。さすがに長々と非難ばかり受けていると苛々もしてくる。
「あの子、いっつもにこにこしてなんか自分が可愛いと思ってるみたいですけど、実際性格悪そうですよね。ポケモンだって大して上手くもないくせにやたらバトルしたがるらしいし、面倒そうなタイプですよね。マツバさんのことだってきっと本当に好きな訳じゃないんじゃないですか。多分単に自分の、」
ああ、苛々してしまう。黙って聞いていたら…"みたい"、"そう"、"らしい"、"きっと"、"多分"。彼女の話は全部憶測に過ぎない。まるでそのままナマエちゃんがそうだと言わんばかりの口調だけど、自分の言葉を理解しているのだろうか。きっともう彼女はただ愚痴を言っている感覚になっていて、自分が発する言葉の意味なんてどうでもよくなっているような気がする。まあ、典型的なよくあるパターン。
ごめんね、それでも彼女がいいんだ。なんて丸く収めようとしていたけれど…さすがに、これは、僕も、…。
「あの子」
「あんまり、」
びたり、僕がこの場面で開口する人間だと思わなかったのか、もしくは僕のことなど既に忘れていたのか、彼女は目を剥いて口を噤んだ。
「憶測で彼女の悪口を言わないで欲しい。」
そういうの、嫌いだな。
おまけで付け足した言葉に彼女の目はさらに大きくなって、潤んだ。しまった、やってしまった、そう思ったけれど不思議と後悔は感じなかったし、不謹慎だが実は少しすっきりした。…当然と言えば当然、か。でも何にすっきりしたんだろう。長々とした話を切ることが出来たから?苛々を仕返せたから?そうだけど、多分違うそれが大部分じゃない。じゃあ、もしかして、
あの子を庇ったことに?
(しっくり、)
(こないはずだ)
(きちゃいけない。)
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