掴めない
「あ、マツバさん!」
透き通る声に呼び止められた。振り返れば昨日も会った彼女が軽く手を振っていた。勿論その隣にはゴースト。
「ああ、君は、」
そこまで答えてはっとする。今の受け答えは余りにも他人行儀じゃないだろうか。だって僕が続けようとしていた言葉は昨日の、だったから。
そんな僕に気付かないのか気付かない振りをしているのか、彼女は笑ってポケギアを差し出してきた。
「交換、いいですか?」
「あ、ああ、そうだね。」
内心とてもほっとする。ポケギアの番号は赤外線でやり取りできるので、名前もちゃんとくっついてくるのだ。
「僕は昼間はほとんど出られないと思うんだけど、」
「ああ、こちらからはなるべくかけませんから大丈夫です。」
「……そう?」
正直拍子抜けだ。今迄交換した相手に同じことを言ったなら、じゃあいつならいいの?と聞き返されることが多かったから。
「じゃあ僕がかける、ね。」
思わずそう言ったら、彼女は一度戸惑ってから頬を染めて笑った。
「待ってます。」
取り敢えず、可愛い、と思う。多分魅力的だとかそういう意味ではなくて、子犬だとか子供だとかそういう類のものに感じる可愛い、だ。なんだか彼女のゴーストが異常に睨んでいる気がするけれど気のせいだということにしておこう。
(ナマエ、ちゃん…か。)
「マツバさんはいつもこの時間ここを通るんですか?」
「あー大体、かな。」
これは毎日一緒に通ろうってやつだろうか。それ位なら全然困らないし、むしろ付き合っているというのが傍目にわかりやすいだろうから名案だとさえ思う。けれど僕が好きでもないこの子、ナマエちゃんとこれから付き合っていくのはいいんだろうか。ポケギアの番号を聞いてしまった手前、直ぐそんな話を出すことは躊躇われる(というか、多分出来ない)。
「私バイト先がコガネで、よく一緒に遊ぶ子もコガネの子なんです。だから時間が被ったら途中まで一緒に歩きませんか?」
「ああいいよ。」
「ありがとうございます!」
にこにこ笑うナマエちゃんに、思わず僕の頬も緩んでしまった。何を思ったのかゴーストは僕らの間に割り込んでくる。それに目をやって苦笑すると、それを知らない様子で眉を少し寄せる彼女に気が付いた。
「それ位はしないと意味ないですよね。」
ナマエちゃんが呟く。一瞬、頭が真っ白になった。ナマエちゃんの言った、"意味"につく修飾語は"付き合ってる"なのかそれとも"付き合っている振りの"なのか、単に僕の考えすぎなのか。
真意は掴めないけれど
(そして多分掴もうとしないけれど。)
100513
マツバさんタイミング逃しすぎ
あと赤外線はついてるか知らない
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