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言わせない




ミナキの言葉は僕の頭をぶん殴った。ぐわりぐわりと揺れる頭が重い。けれど、それに今回ばかりは感謝しなくては。

昨日僕は、もういい、裏切られた、諦める、自業自得、多くの言葉を並べて自分を宥めた。だから僕はそれらを自分にもう一度深く言い聞かせるために、真実にするために、嘘を吐いた。しかし嘘なんて指摘されてしまえば途端に全て崩れさる。宥めたはずの僕が、また叫び出してしまったのだ。

酷い、そう形容された己の顔の顔を見た。ああ、確かに酷い顔だ。洗面所で手を洗いながら眺めたその顔の情けなさといったら。ホウオウには何度も何度も欲しい欲しいと祈ったし願ったし叫んだのに、それがただ隣を歩いていた彼女に囁くことさえ出来なかったことの情けなさといったら。

僕は、どんな結果になろうとも、この気持ちをちゃんと彼女に伝えようと思う。君を好きです、ただその一言だけでいい。

ただ、困った。伝えようとしたはいいが、僕は付き合っていたにも関わらず、彼女のことをあまりに知らない。バイト先だとか、よく行く場所だとか。

ただ、困った。彼女の家は知っているけれど、家の前なんて不自然過ぎるし気持ちが悪い。電話より顔が見たいなんて考えている時点で既に気持ちが悪いけれど。

ただ、困った。ので、僕はいつもの道を歩くことにした。僕らが昨日気まずいまま別れた事を思い出し、彼女がここを通らなくなるだろうことに気付いたのは、道を3往復半してからだ。馬鹿すぎて笑える。それに今さらだけど、エンジュのジムリーダーはホウオウに認められずに可笑しくなったなんて噂が流れたらどうしよう。馬鹿すぎて泣けてくる。


「はあ…」


溜め息を吐いて、その場に立ち尽くす。入れた気合いが大きかっただけに抜けた力も大きい。果たして僕はこれからどうするつもりなんだろうか。こんな時色恋に少しでも長けた友人がいたならば…。(無論、ミナキにそれは望めそうにない。)

うんうんと唸っていると、がさり。音がした。すぐわきの茂みを見ると、ひょっこりモココの頭が飛び出していた。


「メェ。」

「?野生?」


そんなわけはない、この辺りはモココの分布場所ではないはずだ。脳みそが期待で震えだす。鋭敏になった耳が、求めた声を掴んだ。


「モココ!急にどうしたの!」


モココは過去、彼女を置いて走りだしたりしたことはない。つまりモココも、僕のゲンガーが彼女に懐いたように僕に懐いていたのだ。モココの頭を撫で、声が来るのを待つ。


「モココってば!あ、もう、モコ…」

「…こんばんは。」


こつん。ナマエちゃんの手からモンスターボールが落ちた。きっとムックルに探して貰おうとでもしたのだろう。彼女がそれを拾おうとしないままだから、僕とナマエちゃんの目線も絡んだまま解けない。それはいいのだけれど沈黙だけはなくならないものか。


「…!……!!」


そう思っていると、ナマエちゃんが弾かれるように動き出した。彼女がボールを拾うと同時、モココは赤い光に包まれて僕の前から消える。


「ナマエちゃ、」

「し、失礼します…!」

「え?」


僕が再度声をかける前に彼女は一目散に駈け出した。突然の事に目を剥いたまま彼女の背中を見送る。いけない。


「…っ!」


ここで逃がしたらいつ機会が来るか分からない。もしかしたら本当に二度とそんな機会は来ないかもしれない。僕は慌てて彼女の後を追う。向かった方向は自然公園。驚いた顔の公園の係員さんが駆け込んだ僕を見た。僕を見る前から驚いていたから、きっと予想通りナマエちゃんも駆け込んだのだろう。


「は…っ、は、…っ」


どこだ、左右をきょろきょろと見回す僕は本当に怪しい。冗談でなく、エンジュのジムリーダーはホウオウに認められずに可笑しくなったなんて噂が流れたらどうしよう。馬鹿すぎて泣けてくる。でもいいんだ、ナマエちゃんに言葉を伝えてすっきり出来たならきっと、笑えるだろうから。馬鹿だって構わない。

それは良いとして、ナマエちゃんが見つからない。辺りは既に暗く、幾ら見晴らしの良い公園であっても暗闇の先を見ることはかなわない。耳を澄ますけれど足音を掴むことも出来ない。どうしよう、頭を抱えたその時、マフラーを後ろからぐんと引かれた。


「…っ!?」

「ゲゲゲッ!」


愉快そうに笑うゲンガーはナマエちゃんのゲンガーだ。ゲンガーは夜の闇に溶けそうな体をすいすいと泳がせる。彼は僕の前に出て、後ろを振り返った。


「ナマエちゃん、そっちにいるの?」

「ゲゲッゲゲゲゲッ」


ニタニタと笑う彼の真意は掴めないが、恐らくナマエちゃんの所に案内してくれようとしているのは確かなようだ。見失わないようついて行くと、一か所だけ公園を囲う柵の無い場所に辿り着く。ゲンガーは大きな口に人差し指をあて、そのまま闇に溶けてゆく。静かにしろという事だろうか。息を潜めながら、普段は入らないその場所へと足を踏み入れる。そして、少し奥に入ったところで見慣れた背中が丸まっているのを見付けた。声を掛け無い方がいいだろうか、そう思ったけれど、やっぱり声を掛けることにする。


「ナマエちゃん。」

「!」

「逃げないで。そのまま聞いて。」


ぎくりと跳ねた彼女を言葉で制した。すると大人しく丸まり直したので聞いてくれる気はあるのだろう、安心した。


「昨日、僕に告白したのが罰ゲームだって言ってたよね。」


ナマエちゃんが息をのんだ。


「僕は、それ「違います。」


蚊の鳴くような声。それでも僕は口を噤んだ。これから、きっとこの声を聞くような日は訪れないから。僕は彼女の背中を眺めながら、僕が想いを告げるまでの数十秒、或いは数分を惜しむ。


「罰ゲームだけど、違うんです。」


返事はしない。出来ない。罰ゲームなんて、そんな悲しい単語が彼女の口から零れるだけで胸が苦しいから。


「私の罰ゲーム、す、"好きな人に告白する"、だったんです…っ」


へえ、"好きな人"。ああ、その人が羨ましくて仕方が無い。僕がその"好きな人"だったら良かっ、………?

……………は。


「また、迷惑ですよね…っ、今日も、あの道通ってごめんなさい、もう、通りませんから…っ!」


ナマエちゃんの声を惜しむなんて行為はすっかり頭から吹き飛んだ。彼女は今、何て言った?


「最後の最後まで迷惑でごめんなさい、それでも、私、知ってて欲しくて、」


思うより早く体は動く。


「私がマツバさんを、…っ!?」


後ろからナマエちゃんを包む。膝を着いて、額を彼女の肩に押しつけて、膝に置かれた彼女の両手に左手を乗せて、彼女の口は右手で塞いで…本当にすっぽりと包んだ。右手に伝う水滴達が嘘でも夢でも、罰ゲームなんかでも無いことを僕に叫んでいる。


言わせない、」
「僕に言わせて。
僕は、ナマエちゃんを好きだよ。」





100605
ありがとうございました!




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