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振り返らなかった




「好きじゃないのに、告白したこと知ってるんだから!」

どくどくと心臓がうるさい。叫んだ彼女の言葉を浴びているのは間違いなくナマエちゃんだ。唖然としたまま耳を傍立てる。僕の耳を塞いでいたゲンガーが、そっと両手を離した。きっと聞こえてしまった事を悟ったのだろう。赤い双眸はじっと僕を見つめている。ゲンガーもきっと戸惑っているのだ。数秒しない内に今度は静かに、けれど責めるような口調が響く。


「あなたは、罰ゲームでマツバさんに告白したんでしょう?」


じくり。心臓が痛い。でも、僕はそんな言葉、信じない。だって昨日、彼女は確かに、僕に寄り添っていたのだから。静かにナマエちゃんの反応を待つ。


「それ、は…」

「……」


初めに聞こえたのは戸惑いの言葉。そして次に聞こえたのは、


「……そうです、よ。」


肯定だった。


「やっぱり!」


一瞬で、僕の中の全てが瓦解した。僕の前に浮かぶゲンガーを押し退け、彼女に向かう。


「っだけど!」

「だけど?」

「!」


自分でも分かるほど冷ややかに発した声に、二人の視線はいっぺんに僕にあてられた。ナマエちゃんの目が、恐怖に近い感情で染まる。


「マ、ツ…バ、さん」

「どういう、事?」

「……っ!」

「…言えないような事なの?」

「あ、」


声を詰まらせる彼女の言葉を待てる程の余裕はない。徐にその腕を掴んで、いつも二人でゆったり進む道を早足に行く。事態を引き起こした子を振り返ると、彼女は目を丸くして僕らを見送っていた。きっと、わざと僕に聞かせるように言ったとかそういう嫌がらせの類ではなかったのだろう。


「罰ゲームって、何?」


ざりざりと砂利道を進みながらナマエちゃんに言葉を投げ付ける。正直もうその返事に期待などしていない。僕の心中は墨汁をぶちまけたような状態で、もう彼女を気遣うだとか信じるだとか、そんな心は一切存在してなどいなかった。


「その…っそれは…」

「いいよ、別に。」


否定の言葉が出ないということはつまりそういうことなのだ。ナマエちゃんは、僕を好きだなんて嘘をいとも簡単に言ってのけ、今の今まで演じ続けていたのだ。きっと僕が告白を受け取ったときも、それに苛立ったに違いない。だから昨日のことだって、


「昨日のも、ただの同情だったんだね。」

「ちが…っ」

「違わないよね。」


全部嘘だったのだ。残ったのはナマエちゃんを好きな僕だけ。なんて虚しいんだろう。

エンジュシティを出る手前、つまりいつもと同じ場所で歩を止めた。建物が無いので風がよく通る。息が、白い。


「知っていると思うけど、僕は君を好きで付き合った訳じゃない。」


ナマエちゃんに言う振りをしながら、僕は僕に言い訳をした。彼女はどんな顔でこの言葉を咀嚼しているのだろう。漸くかとか、待ち侘びたとか、そんな顔をしていたら酷く、悲しい。


「だからお互い様にしよう。全部、水に流そう。」

「マツバさん…!私、はっ」

「別れよう。」


聞きたくなくて、遮った。ナマエちゃんが小さく息を飲むのが聞こえたけれど、どうして息を飲んだのかなんて知りたくない。言い訳も、弁解も、謝罪も、全部要らない。もう既に彼女さえ、要らないんだ。心がそこに無い言い訳も、弁解も、謝罪も、彼女も、聞くにも見るにも耐え難い。だから、


「もうこんな罰ゲームはしちゃだめだよ。」


僕は最後まで
振り返らなかった

(きっと僕の顔は、)
(昨日の何倍も酷く情けない)





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