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見ない振り




「こんばんは。」

「あ、こんばんは。」


いつも通りの時間、道で、ナマエちゃんと会った。同じ方向に足を向けながら問う。


「マスク?」

「はい、移すと大変ですから。でもあったかいですよ。」


まだ息こそ白くないものの、季節はすっかり冬だった。僕もマフラーを出来るだけ持ち上げる。


「火曜はすいません、」

「いいよ、具合が良くなってよかった。」


前の火曜に電話をしてみたら、鼻声で散々謝られたり感謝されたりして、まあ予測していた通りバトルは中止になった。仕方が無いことなので頭を下げるナマエちゃんに首を振る。


「あ、そういえば、ナマエちゃんとやけたとうで会ったじゃない?」

「え、あ、」

「お坊さんに聞いて思い出したんだ。」

「あ、あー…正直、恥ずかしいんですよ、ね…。」


そう言って少し俯いたナマエちゃんの頬は、マスクから覗く部分だけでも十分赤い。

お坊さんから聞いた話で思い出したのは、やけたとうの床が抜けて一つ下の階で閉じ込められてしまった女の子のこと。涙ぐんでいたあの子が抱き締めていたのは、ナマエちゃんが最初にゲットしたと言ったポケモン、メリープだった。そして僕は、彼女をからかって下の階に落とした犯人であるゴースをダークボールで捕まえたし、そのゴースをその子に譲った…というか押し付けたのだ。(結果的にいい相棒になったようで安心している。)

しかし、とうの外で少し会ったお坊さんが覚えていて、僕が覚えていないなんて何だか申し訳ない。だから、


「大丈夫。あのとう、割とナマエちゃんみたいに迷ったりする人多いんだ。」


僕はナマエちゃんをよくある出来事のよくある人間として一般化する。実際、割とよくあるのだから嘘ではない。けれどその言葉に、僕の胸が軋んだ。


「そうなんですか?確かに暗いし、足場悪いですもんね。」

「そうだね。」


なれてないと尚更だし、そう呟いてからふと、僕の腰についたボールががたりがたりと震えていることに気付く。


「あ、」

「え?」


ポンっ。軽快な音と共に現れたのは僕のゲンガーだった。


「ゲンガッ」

「こら、ゲン、」


ゲンガーは僕が注意するより早く、ナマエちゃんにピッタリと張り付いてしまう。にたりと僕をみるゲンガーに頭を抱えた。


「ごめんね…」

「いえ。ふふ、ゲンガー久し振り。」

「ゲゲゲッ」


毎週火曜日に会っては可愛がって貰っていたので、きっと寂しかったのだろう。すっかり僕のゲンガーはナマエちゃんに懐いてしまっていた。ある程度予想してはいたが、遥かにその予想を上回っている。まさかボールから飛び出す程だったとは。

どかり。


「ゲンガッ!」

「ゲゲッ?」

「あっ、こらゲンガー!」


突如現れたナマエちゃんのゲンガーが僕のゲンガーにタックルをかました。二匹のゲンガーは似たような顔を突き合わせ、恐らく睨み合っている。恐らく、というのは、ゲンガー達は相変わらずのにやけ顔で、長いことゲンガーを扱っている僕でも彼らの感情を顔だけで判別するのは少々難しい。が、ナマエちゃんを挟んでいることから睨み合っているのはきっと確かである。

ゴーストタイプの弱点はゴーストタイプ。彼らが揉めると、僕らがポケモンセンターに行かなければならない事態になるかもしれないので、とりあえず僕のゲンガーを嗜めようと口を開こうとした。


「ピチッ」

「わ、あっ!」


ナマエちゃんの目の前にムックルが突然割り込む。それに驚いた彼女は一歩避けて落ち葉を踏んだ。ずるり。


「…!」


足を滑らせてよろけるナマエちゃん。一番近い位置だったこともあり、僕は反射的に彼女の体を引き寄せる。そして再度、ずるり。


「うわ!」

「わっ?」


ずしゃ。水分を失った大量の葉が崩れる音が耳を刺した。


「いった…」


完全に巻き添えにして引き倒してしまったナマエちゃんに、ごめん、そう言おうとしたけれど、突如呼吸が止まってしまって言葉にならなかった。だって、ナマエちゃんが僕の腕の中に、いる。


「ご、ごめんなさい…!…?…ッ?」


僕の胸に埋めていた顔を上げたナマエちゃんは真っ赤。マスクがズレて覗いた鼻も真っ赤。何故か目を見開いて僕を見つめているナマエちゃんが可愛くて、思わずマスクを摘む。そして、そのまま、下ろす。桜色の唇から漏れる吐息が、僕の唇に、触れ、た?


「わ、あッ!?」

「…っ!?」


慌てて手を離す。何をしているんだ、僕は。"何故か目を見開いて僕を見つめている"?僕がナマエちゃんを抱き締めていたからだろう!…穴があったら入りたい気持ちでいっぱいだ。起き上がったナマエちゃんに続いて、慌てて起き上がる。


「ごめんね、その、ビックリして。」

「いえ、私こそ、すいません…!」


一体何にビックリしたというのだ僕は。確実に、ビックリしたのは彼女である。マスクを元の位置に戻して俯く彼女の顔を、表情を、知りたくて仕方がない。まあ、知る術はないのだけど。


「い、こうか。」

「は、い。」


微妙な空気をどうするか考えながら、とりあえず歩き出すことにした。


渦巻く感情は、
見ない振りをした

(後ろでにまりと笑む二匹も、)
(見ない振り、見ない振り。)





(僕の頭をつつくムックルも。)
「こ、こら!ムックル!」
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あきゅろす。
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