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探して




「あれ、マツバさん。」

「ハヤトくん。」


ナマエちゃんを背負ったままあたふたしていると見知った顔を見付けた。ハヤトくんは不思議そうに声を漏らして、それから僕の隣に並んで背中を確認するように覗き込んでからまた不思議そうに疑問を溢す。


「ナマエ?」

「そう、風邪でバイト早退したんだって。」

「…?…マツバさん、ナマエと知り合いだったんですか。」


え?思わず疑問が間抜け過ぎる形で口をついた。文末に疑問符が付いていないあたり、状況から僕らが顔見知りなのは理解したらしいが、てっきりハヤトくんは知っていると思っていたので驚いた。と同時に、何だか息が詰まる。


「寝ちゃったんですか。すいません、面倒かけて。」

「いや全然。だけど家がわからなくて…」

「ああ、じゃあ行きますよ。」


面倒かけて。その言葉が胸に引っ掛かった。だけどそれを気にする間もなくハヤトくんが変わりましょうか?と聞いてきたので、ナマエちゃんを抱える腕に力を込める。


「いや、大丈夫。」

「…そうですか。」


そう言うとハヤトくんは何故だかにやりと笑んだ。僕はそれに返して顔だけは笑顔にしたけれど、やっぱり何かが胸に詰まったままだ。

僕がハヤトくんよりナマエちゃんを知らないなんて、ずっとずっと前から知っている。大体、そんなこと僕にとってどうでもいいことだ。ハヤトくんの言葉への相槌や返答にこそ今は頭を向けるべきなのに、どうしてかそれが上手くできない。結局、僕らは口数少ないままナマエちゃんの家に着いてしまった。


「あれ、ナマエちゃんご両親と住んでた家じゃないんだ?」

「はい、広すぎるからって別に引っ越したんです。」


キキョウの街柄に合わせて落ち着いた配色になっているアパートは、一人暮らしに丁度良さそうなところで、ジムから随分近い。


「ゲゲゲッ」

「ゲンガー、鍵を開けてくれ。」

「ゲンガッ」


ハヤトくんがナマエちゃんのゲンガーをボールから出し指示すると、ゲンガーは心配するように主人の周りを一度回ってから扉の向こうに消えていく。直ぐにガチリと解錠を知らせる音が響き、扉が開く。ゲンガーは相変わらずにやりと悪そうな顔で笑っていたが、きっちりと僕らのスリッパを並べていたあたりやはりナマエちゃんのポケモンだった。


「ゲゲゲっ」

「マツバさん、一旦ここに…」

「ん、わかった。」


初めて入るナマエちゃんの部屋に少なからず緊張しながらスリッパを履くと、素早い行動でゲンガーとハヤトくんが押し入れを開けて布団を引っ張りだしにかかっていた。僕は指示された通りソファーに腰を下ろすようにしてナマエちゃんを座らせる。寝かせようか悩んだが、ソファーの角に上手くはまった彼女を寝かせるのはまた手間がかかるし、何より首だとかを無理に捻ってしまったら怖い。じゃあこれでいいかとりあえず、と納得して、押し入れに残る掛け布団に視線をやろうとして…


「あ。」

「どうしました?」

「電話、ちょっと出てくる。」


ポケギアがちかちかと点滅して着信を知らせていることに気付いた。見るとどうやらジムなので無視する訳にもいかず、仕方なくそれを持って玄関に逆戻る。


「はい。」

「ああ、マツバさん。挑戦者がいらしてます。」

「挑戦者…」


電話口から聞こえるジムトレーナーさんの声を鵡返しに呟いた。

迷う必要は無い、ただ一言、"直ぐに戻る"と返せばいいだけだ。僕にとって挑戦者も修行の一環に含まれていて、ジムリーダーだからという理由以外の十分な理由となっている。それに、僕はいつまでここにいるつもりなんだ。僕はただ彼女を送りに来ただけだからもうその役目は果たしているし、僕よりずっとナマエちゃんを知るハヤトくんがすでについている。僕がここに留まる理由は全くない。…いや、あるとすれば僕が彼女の彼氏だということくらいなものだ。勿論それは事実だけれど、僕はそうは思っていないからやっぱりこれも理由から外されてしまうのだ。


「マツバさん?」

「あ、ああ、直ぐに帰ります。少し待って貰ってください。」


はあ。ポケギアの通話終了ボタンを押してから短い溜め息を漏らした。


(これじゃあまるで、)

「ゲンガッ」

「わ!」


鳴き声と同時に僕の胸元から真っ黒い腕がにょきりと飛び出した。犯人は振り返らずとも分かるが、いつまでも玄関にいるわけにもいかないし、帰る旨をハヤトくんに伝えなくてはならないので仕方なく振り向く。にまりにまりと笑むゲンガーを軽く嗜め、ハヤトくんの傍に寄る。どうやら彼も電話を受けているらしい。当然、会話は聞こうとせずとも丸聞こえだ。


「悪いけどしばらく戻れそうにないから挑戦者は帰しておいてくれ。」


その発言により、前の会話を聞いていなくてもハヤトくんが僕と全く同じ状況に置かれていたのが直ぐに分かった。しかし僕と違う答えを発したがためにポケギアの向こうからは疑問符の嵐。彼は通話終了ボタンを押すことでそれをあっさり一蹴し、ポケギアをソファーに放った。


「マツバさん、」


こちらを振り返ったハヤトくんの言わんとする事は、容易に予想出来る。電話がどうだったかということに違いない。

それを知りながら僕はどうしてか、ジムに戻るとは言いたくなかった。だからそれをぼかす。


「どうしてもこのあと用があって、直ぐエンジュに戻らないといけないんだ。」

「あ、そうなんですか。」


ハヤトくんは敷き終わった敷布団と掛け布団の角を合わせながらゲンガーに鍵を閉めるよう指示した。


「じゃあ。偶にはエンジュに遊びに来てね。」

「はい。マツバさんもキキョウに来てください。」


靴を履きながら振り返ると、ハヤトくんは軽く頭を下げる。ちらりとソファーに沈むナマエちゃんを見て、それから点滅し続けるポケギアを見た。溜め息は玄関の外に残しておこう。


理由を
探していた自分に

(溜め息と、)
(苛立ち。)





100527
ハヤト捏造過ぎる
ハヤトとマツバの会話の
仕方は完全な妄想




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