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暮れる夕日、オレンジに染まる病室のシーツ。
どこか遠くで、聞き慣れたチャイムの音が鳴る。



――――沈んでゆく 太陽と、

沈んでゆく わたしのいのち。








夕日と命と恋の唄








がらっ と引き戸が開けられて、ふりかえれば 愛しいあの人。

「もう、ノックくらいしてくださいよ」
笑ってそう言えば、慌てて わりぃ、と彼は言う。


――ほんとうは、近づいてくる足音で あなたが来たことなんて 知っていたのだけれど。
(ついていくのもやっとだった、早足のあなたをわたしは知ってる。――きっともう、一緒に歩くことはできないけれど)

「今日は早いのね、十四朗さん」
にこりと笑いかければ、
「今日は部活が無かったからな」
なんて、彼はぽりぽり首筋を掻いた。

(ふふ うそつき)


(知ってるのよ、あなたが部活を休んで来てくれてるってこと)

わたしがいつまでも笑っているものだから、嘘がバレたことに気づいた十四朗さんは 顔を赤くしてそっぽを向いた。

「部活の日じゃねぇと、アイツまで一緒に来ちまうからな。お前とつきあってるってバレてから アイツ、俺のこと目の敵にしてるしよ」

「総ちゃんは優しい子だもの」

笑ってそう言えば、「アイツに優しさなんてね―よ」なんて、十四朗さんはいじけてみせた。




(ああ いつまでも日が沈まなければいいのに!)

でも空は 少しずつ暗くなってゆく。楽しいじかんは いつも駆け足ですぎてしまって。


「―――ねぇ、十四朗さん」

静かになった病室で、ぽつり とことばをつむぐ。

(楽しいじかんは、あっという間に過ぎていく。太陽は すぐに沈んでしまうわ。そして 忘れてゆくの。会話も、声も、表情も、いつかぜんぶ、ぜんぶ)


(ねぇ、だから おねがい)





「キス して、ください」


驚いたような彼のかお。まっすぐ見上げたら 勝手に ぽろり と涙がこぼれた。




「あなたのファーストキスは わたしだったって、たまにでいいから 思い出してほしいんです」


――だから、ここでキスしてください


そう言ったら、十四朗さんは悲しそうに目を細めて。

「いやだ」と、そう言った。



「そんな 悲しいキス、したくねぇ」


――お前が死んだら なんて そんな気持ちでキスなんざ、


そう言って、彼は 悔しそうに涙をこらえる。

「優しいひと、」
その頬に、そっと 指先で ふれた。


(愛しいっていう ただその思いだけの 悲しくないキスがしたいのに、)


「ごめんなさい」

わたしはもうすぐ死んでしまう。




無理やり唇を奪えば、ふたりの涙が 埃っぽいシーツにぽたぽたこぼれた。



(だって、わたしが死んだら、あなたは 別の恋をするでしょう?)

(だからそれまでは わがままを許して)




――初めて触れた唇は、悲しくて 寂しくて、優しくて。




「(ああ 俺はきっと こんなに切ないキスを忘れられない)」










あきゅろす。
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