頭上の木々から伸びた新芽が足元にぽつぽつと愛らしい影を落としている。半歩前を歩く銀さんの背中にも、まだらに木々の影が掛かっていた。細い銀色の髪がその隙間からきらきらと光る。
4月らしい穏やかな日差し。冷たい風が気持ちいい。
散歩にでも行かねえか、と銀さんからの珍しい誘いに二つ返事で下駄を履いたのはつい先ほどのこと。
付き合いはじめて二回目の春である。
桃色の花びらがはらはらと落ちた。影と花びらが地面に鮮やかに広がっている。なぜだか胸がざわついた。
温かな春はいつか過ぎるわ。
いつかすべては過ぎ去ってゆく。
私たちはどれだけの季節を二人寄り添って過ごせるのかしら。
「随分と散るなぁ」
ぽつりと漏らした銀さんの髪にちょうどそのとき花弁が落ちた。
そっと手を伸ばす。
それを掴もうとして躊躇した。花弁を引き離すことが、なんだかひどく怖かった。
振り返った銀さんと目があった。
それで私はその手を止める。
「………なんだか怖いんです。季節も、人も、止まることなく流れるでしょう。幸せなほどに、おそろしいわ」
私はぽつりとそんなことを漏らした。銀さんは少し考えて、それから小さく笑った。
「川でも見に行かねえか」
並木道のすぐ右隣にはコンクリートで固められた河原が続いていて、その上を少し小高い土手が続いている。
私たちはなんとか土手を登ってようやくそこにたどり着いた。
春の穏やかな日差しに川の水はきらきらと光る。それから私たちは歩き始めた。
口数は少ない。
時折流れてくる小枝や花びらを指差して、ほらあれ、と銀さんの袖を引くばかり。
水の中には小さな魚がたくさん泳いでいて、亀が時折呼吸のために顔を出す。
鳥がその上を飛んでゆく。
私たちは歩いた。
そういったそれぞれのものを、二人で確かめ合いながら。
「季節も、日々も、いろんなものが流れてくけどさ。そういう流れてくものや過ぎるものを、二人で見ながら過ごしたいんだわ、俺は」
銀さんは恥ずかしそうに頭を描きながらそう言った。
たまらなく、胸がいっぱいになる。
私はそっと銀さんの肩の花びらに触れた。
ふわり、それは風に乗って川へと落ちる。
くるくると楽しそうに円を描いて、花びらはやがて見えなくなった。
「どこへゆくのかしら」
「どこまでも行くんだろ」
「私がおばあちゃんになっても、またここに連れてきて下さいね」
穏やかな風が繋いだ手を通り抜けてゆく。
若菜の頃
無料HPエムペ!