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リリリリリ。軽快な機械音に妙は洗い物の手を止めた。うっかりすると弛みそうになる頬を叱咤して丁寧に手を拭き、ゆっくりと机の上に手を伸ばす。
真新しい薄ピンクの携帯電話、不慣れなしぐさでそのディスプレイを開く。

『坂田銀時』

すぐに目に留まった予想通りの名前に妙はほほ笑みながら腰を下ろした。




スローワルツ




「携帯電話が欲しいんです」
18回目の誕生日、何か欲しいものはないかと尋ねた銀時に妙は考える間も無くそう答えた。
「スナックで仕事してるとやっぱり何かと不便で」と言い訳のように付け加える。
まあそうか、というわけで銀時は携帯ショップへとスクーターを走らせた。店に着いて棚を見やり、今の携帯電話の種類の多さに驚いた。色もデザインも本当にまちまちだ。こりゃ厄介なもんを頼まれたなあと銀時は頭を掻く。数年前のモデルを未だに使い続けている彼は、新しいものに関して全くの無知だった。
「私に合いそうなものを」と妙に頼まれてはいたのだが、こうもたくさんあるとどれもこれも似合うような気になってくる。
たっぷり時間を掛け、最終的に銀時が選んだのが薄桃色のシンプルなデザインの機種だった。意図したわけではないにしろ、デザインも機能もごく簡素なために一番安い。
殴られるかと覚悟しながら渡した銀時だったが、携帯を手に取った妙は「嬉しい」と本当に嬉しそうに微笑んだ。
妙はもともと機械類に弱い。電話とメールさえあれば他の機能はほとんど必要がなかった。その2つでさえ妙はまだまだおぼつかない。

「ようは慣れだ」というわけで銀時と妙がメールを交換し始めてからしばらくが経つ。
送信の仕方がわからなくて返事を返すことができなかった時も、内容が「はい」や「そうね」の数文字に過ぎなくても、銀時は辛抱強くメールを打ち続けてくれる。
受信履歴に少しずつ『坂田銀時』の文字が連なってゆくのが妙には嬉しかった。


さて、洗い物の手を止め妙は椅子に腰掛けてメールを開いた。送り主は案の定坂田銀時である。タイトルはない。妙は本文に目を走らせて、やがてほんのりと頬を染めた。口元に穏やかな笑みが浮かぶ。


『いい天気だ。散歩に行かねえか』


銀時らしい簡素な文だ。
すぐさま『ええ』と返事を返そうとしたが、困ったことに同じ文字を二回連ねる方法がわからない。何度か試行錯誤して、別の文を書こうと思い立つ。


焦らしているわけではないが、たっぷりと時間を掛けて妙は一文字一文字丁寧に文字を打ちこんだ。何度も何度も読み返し、祈りを込めて送信ボタンを押す。

『いつだってあなたのそばにいきたい』





ものの一分足らずで返事が返って来た。ドキドキしながらメールを開く。

『おれも』

妙は目を閉じた。携帯電話を強く胸元に抱き寄せる。ぐるぐると胸の中を喜びが駆け巡る。


――知らなかった、たった三文字でこんなに幸せな気持ちになるなんて。


そう返事を返すには妙はまだまだ力量不足だ。このことは会った時に直接言おう、そう心に秘めて妙はゆっくりと待ち合わせのメールを打つ。








あきゅろす。
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