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「もうすぐ卒業式アルネ。もう一回、あの桜が咲くの見たかったのに」
日直の仕事でふたり残された放課後の教室。窓枠に身を乗り出しながら、チャイナは不意にそうこぼした。口をとがらせたチャイナの視線の先には、まだ固い桜のつぼみが春の風に揺れている。頬杖をつくその背中は、何ともいえず寂しげで。
――今日の予行練習、実感の湧かないままダラダラと進行していく中で、チャイナひとりがわんわん泣いた。
またいつでも会えるんだから、と志村たちは呆れたように笑っていたけれど、あいつらはきっと知らないんだろう。…卒業と同時に、こいつが日本を離れてゆくこと。
チャイナは誰にも言っていないようだったけれど、わりあい家が近い俺は 引っ越しのダンボールを運ぶこいつの姿を何度も目にしていた。

「もう日本には帰ってこないのかィ」
ずっと気になっていたことを聞けば、チャイナは驚いたように振り反った。
「…知ってたアルか」
それからまた視線を戻す。
「わかんないアル。パピーは日本で一人暮らしは寂しいだろって。――本当は、寂しいのはパピーなのヨ。だから私、パピーとふたりで暮らすアル」
だから日本ではもう住めない と、か細い声でチャイナは続けた。口を開けば野暮なことを言ってしまいそうで、俺は何も言えずに目を反らす。

「…もっとみんなと一緒にいたかったナ。結局お前とも喧嘩ばっかだったアル」

「あんたがくそ生意気だったからねィ」

「お前がそんなだからいつまでも変わんなかったアルネ!――まぁ、それも楽しかったけどナ。思いっきりやりあえるの、今までもこれから先も、きっとお前だけアル」

いつものように言い争って、ふざけあって、そうやってどうにかこの話題を明るくしたいと思うのに、今日のチャイナはやけにしおらしくて調子が狂う。

…そういや今日の予行練習だって。こいつが泣くとこ、初めて見た。

「――会いに行きまさァ」

気がつけば、そんなことを呟いていた。うつむいていたチャイナが顔を上げて俺を見る。

「あんたが来れなくても、俺が会いに行きまさァ。最後になんかしやせんぜィ」

離れることが怖くてさみしくて切なくて、強く抱き締めた腕の中。2度目のチャイナの泣き顔は、泣けるくらいに愛しくて。









『――おげんきですか。桜のおし花ありがとう、すごくうれしかったです。こっちにも桜はあるけれどふしぎと日本でみるほうがきれいね。
そっちの桜はまださいていますか。みんな元気にしてますか。日本語をわすれないように、あなたの声をなんどもなんども思いかえす毎日です。こんど会ったときは今いじょうにぺらぺらになっているからきたいしててください。
あ、パピーがしごとからかえってきたみたい。このてがみはパピーにはひみつ。沖田のこと彼氏ってうたがいそうだから。(これ笑うところ!)パピーのよぶ声がします。それじゃあまた。てがみまってます。神楽』


「総悟〜、そろそろ行かないと遅刻するぞ」
近藤さんの声に、俺はもう何度も読み返したその手紙から顔を上げた。ああ、いつの間にかこんな時間だ。
――俺は今、近藤さんと土方(不本意極まりない)と3人で、寮の部屋で生活している。慣れないことも多いけれど、新しい生活はそれなりに楽しい。そんなことを前の手紙に書いてやったら「うらやましい」なんてあいつは言ったけど、あいつはあいつなりに向こうで楽しくやっているようだ。

読みかけの本にしおり代わりに手紙をはさむ。

その本の表紙――『楽しい中国語講座』なんて、あいつが見たらなんて言うだろう。
いやそれより、今度会ったときどんな流暢なせりふを言って驚かせてやろうか。
……いや、本当はもう 言うことは決まっているのだけれど。

「おい総悟ぉ!おいてくぞ!」

「すぐ行きまさァ!」

(すぐ行くから、待ってろよ)

頭んなかでそう呼びかけて、扉の向こうへ走りだす。

――閉じ忘れた本、手紙を挟んだページで、「愛してる」の小さな文字が 柔らかな春の光に照らされていた。






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一万打お礼フリー


















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