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ぐぅ、と獣の呻きのような声がした。刀を抜いた瞬間に肌からぱくりと赤い肉が現れ、それは一瞬で血に隠れて見えなくなった。頬に飛び散る液体が生温い。ぬる、と刀と指の隙間が異常に滑る。いつもながらとても気持ちいいもんじゃない。悲しみはない。苦しくもない。
俺はこの剣でずっと俺の優しさと日常を少しずつ削ってきたのだ。何年も、頭のどっかが麻痺するくらいに。
俺はきっと欠陥品だ。

知られたく無かったな、と柄にもなくと思う。
できればチャイナには知られたくなった。いつもギリギリの戦闘をしながら、それでも最後のラインで殺すのを躊躇うその子ども。ふざけて何度もじゃれあった。腰にぶら下げた剣やバズーカが、その為の戯れの道具だと、そう思わせていたかった。こいつの前でくらい普通の人間を演じてみたかったのだ。

「…お前、」
「ああ、チャイナじゃねえですかィ」
まるで今気づいたかのようにつとめて明るい声を出す。路地裏の暗がり、表通りに面したチャイナは逆光でどんな顔をしているのかわからない。

「テロリストでィ、腰に爆弾撒いてやがった。粛清しろとのお達しでさァ。殺さなくても何とかなっただろうがねィ」
チャイナは何も喋らなかった。かわりに俺がいつになく饒舌になる。どうしたんだ俺は、と思いながらも口は勝手にべらべらと喋る。
「殺しちまった方が楽なんでさァ。こいつが所属すんのはでっかい攘夷グループで御上にも繋がってる。ここで引っ捕らえてもまた釈放されて大使館にでも突っ込んでいくんでさァ。その都度引っ捕らえるなんざ面倒くさいにも程があらァ」
しん、とあたりが妙に静かだ。
「まったく、本当に仕様がない連中でさァ。斬られるってわかってるだろうにねェ」

「お前、叱って欲しいアルか」
遮るようにチャイナが不意に口を開いた。どくり、と心臓が鳴る。

「殺さなくてもよかっただろう、他に手はあっただろうって、そう言って欲しいアルか」


――いつも悪いことをする度に、叱ってくれたのは姉上だった。こら総ちゃん、と温和な姉がこの時ばかりは真剣な目で俺を諭した。姉上にバレないようにやった悪事もいくつかあった。けれどやっぱり最後にはバレて、こら総ちゃん、と正座させられるのだった。厳しくつり上がる姉上の目は、それでも優しかったのだ。俺はバレないようにしながら、いつもどこかでバレることを期待していた。
なんでこんなことしたの、と責める姉上に、わざわざ聞こえの悪い言葉ばかり選んだ。
それは悪いことなのだと言われたかった。どうして悪いのか説明されたかった。
ごめんなさいと言いたかった。

――結局、叱られたいのは許されたいのと同じなのだ。


「お前は優しいのネ」

チャイナは叱らなかった。ぽつり、とただ言葉を溢した。
「苦しかったんデショ、ずっと」

鼻の奥がつんとする。
ごとりと動くこの心臓が俺をまだ人間にしている気がした。


I wanna be forgive someday.

(いつの日か許されたいのです)









あきゅろす。
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