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『隣』
2.
翌日祖父に連れられて見学に行ったのは前日車内から見た幼稚園。
施設を見学して色々な説明を聞いた後、廊下から皆の様子を見た。

大きな声で騒ぎながら笑い、走り、泣き、怒り、また笑う。
大人しか知らない自分にとって其処は煩く感じたが、全く不快には感じなかった。
寧ろ感情を素直に現している姿を羨ましく感じた。


「園長先生はいつでも好きな時から来て下さいと言ってくれたが、どうだ?あそこでやっていく自信はあるか?」
車内に戻るなり優しく尋ねられ
「出来れば明日からでも行きたいです」
遠慮がちに答えると
「分かった」
それはそれは嬉しそうに祖父は微笑みながら僕を抱き寄せた。


翌日、僕は年長の6月からという中途半端な時期からだけれども幼稚園に入園した。
相変わらず家では今まで通りに振る舞わなければならないが、幼稚園の時は自由にして良いと言われた。
勉学も大事だが、同年代の子供達と一緒に遊び、学び、接する事は何事にも変えがたい経験と知識に繋がる。
「此処ではお前の好きにして良いんだぞ?」
祖父に言われ
「はい」
僕はワクワクするのを押さえる事が出来なかった。


ドキドキしながら初めて入った教室。
「今日から新しく皆の友達になる阿波路深月(あわじ みつき)君です。皆仲良くしましょうね?」
優しい口調の先生に紹介され
「阿波路深月です。宜しくお願いします」
ペコリ頭を下げると
「は〜い」
ニコニコ嬉しそうに皆手を上げた。
教室では皆初めて見る僕に興味津々だったが、やはり年長の中途半端な時期に入ったせいで、幼稚園にはグループが沢山出来ていた。
なので何処のグループに入っても気まずさを感じた。

まぁ、大人社会に揉まれていた為、ポーカーフェイスが身に付いているお陰か周囲には上手く皆と溶け込んでいる様に見えていたらしい。
先生から、あっという間に皆と仲良くなれたわね。先生嬉しいなと言われた。
うん、一体何を見てるんだろう?全然分かってない。
それでも家に比べたら何百倍も楽しい。
僕は笑顔のまま帰宅した。

翌日、昨日休んでいた子が二人教室に現れた。
その二人は物凄く仲良くていつも一緒に居るせいで、どちらかが風邪引くと絶対二人共風邪を引くらしい。
「奏君、琉翔君おいで?」
教室に足を踏み入れた二人を先生が呼び、僕の前に連れてきた。
「阿波路深月君。昨日二人がお休みの時に新しく増えたお友達なの。仲良くしてね?」
「深月君。阿比留奏(あびる かなで)君と勇那琉翔(いさな りゅうと)君よ。仲良くしましょうね?」
「よろしく」
「よろしくな?」
「はい。宜しくお願いします」
これが僕達の出逢い。
差し伸べられた温かな手を握り締めながら、僕は新たに出来た友達に笑顔を向けた。


「阿波路」
「あ〜わじ♪」
この二人は基本グループ行動をせず、二人で遊ぶ方が多い。
他のグループと居る時より二人の側は気楽で居心地が良かった。
突然現れた僕を長年一緒に居た友達の様に扱ってくれて、色々な処に連れ出してくれた。
そして気が付くと、あっという間に二人は僕の中で親友になっていた。

家に居る時と違って二人の側は完全にありのままの自分を晒け出せる場所。
家と外での区別化の為、僕は外では一人称を俺にし、完全に肩の力を抜く事にした。
大人が喜ぶ様な大人しくて聞き分けの良いお利口さんも、我慢もする必要ない。
まぁ、ある程度は必要だが、羽目を外しても許されるのが楽しかった。

奏や琉翔の家に行くと必ず出されるお菓子。
たまに手作りが出るが、殆どが駄菓子やスナック菓子やチョコとかクッキーとか飴玉だ。
家で出されるのはお抱えのシェフやパティシエが作ったのか、高級店から購入したのばかりで、正直子供の自分には余り合わない。
僕はそれより二人の家で出されるお菓子の方が好きだった。
毎日少しずつ幼稚園だけでなく奏や琉翔達と遊ぶ時間が増え、僕の日常は色付いてきた。
だけど、それは母には余り嬉しくなかった様で
「深月。今日は幼稚園からすぐ帰りなさいって約束してましたよね?約2時間もピアノの先生を待たせたじゃないの」
よく苛々する様になった。

父を超える様な素敵な人間になって欲しいと母は考えているが、僕は別に完璧な人間になんてなりたくない。
別にダメになりたいとは思ってない。
唯、普通で良い。
だが、母にそれは通用しない。
なので僕は完全に家用の自分と素の自分を切り離す事にした。
家に居る時は完全に自我を捨て唯、学ぶ事だけに専念する。
その代わり一歩家を出ると其処は完全自由だ。
人に迷惑を掛けない程度に我儘になり、好き放題に振る舞った。

植物が水を飲む様に、教えられた事をどんどん吸収し取得する。
小学校を卒業する頃には母が自慢してもし足りない程知識を得て、殆ど何でも出来る様になっていた。
だけど、家以外でその知識を見せるのは嫌だった。
様々な楽器が演奏出来るのも、色々な国の言葉が分かるのも、皆が難しくて解けない問題が分かるのも、初めて教えて貰うスポーツが当たり前の様に出来るのも全て全て知られたくなかった。
1つでも他の人と違う事がバレたら、芋蔓式に僕の家がオカシイ事もバレてしまう。

皆には家が金持ちな事は言っていない。着ている服や物から裕福さはバレたが、他の家より少しだけゆとりがあるだけだと言って誤魔化した。
親の事を聞かれた時も社長とその秘書ではなく、元モデルとしか言わなかった。
実際間違った事言ってないし、それ以上は皆言及してこなかったから今の所安心だ。

だからと言って、手抜きしたら母に怒られる。
それだけは避けたい僕は父に相談し、家以外で知識や教養を見せたくないと頼んだ。
勿論理由もきちんと伝える。
人は皆自分と同じか少し優れているか劣っているか位でないと生きづらい。
特別劣っていたり優秀だと、差別される。
昔っから出る杭は打たれると言われる様に明らか他社より様々な事が出来たり優れている者は一部の人には尊敬されるが、疎まれる事の方が多い。
僕はそうなりたくない。
皆と一緒でありたいんだ。

本気で告げると
「ったく、ほんっと深月は考え方が大人だな」
父は苦笑しながら
「良いよ。母さんには僕から伝えておくから、好きに過ごしな?」
わしゃわしゃ僕の髪を撫でた。

こうして僕は家以外では皆と同じ普通になった。

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あきゅろす。
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