『隣』 1. 僕の家は他所と少し違う。 朝5時に起こされ、夜9時には寝かせられる。 別に其処はおかしくない。 少し起床時間が早い気もするけれど。 おかしいのは毎日の日課だ。 毎日沢山有り得ない位の勉強をさせられる。 これから先必要になるだろう事だけならまだしも、明らか絶対必要ないよね?って事まで。 特に芸術は小さな頃から磨いておかなければと考えているらしく、華道に茶道だけでなく、様々な楽器の演奏まで教えられた。 それはピアノ・ハーモニカ・パーカッション・フルート・バイオリン・ギターと一般的な物や、琴・三味線・篳篥(ひちりき)・龍笛(りゅうてき)等の雅楽器まで、様々だ。 勿論芸術以外にも英語・中国語・韓国語・ドイツ語・フランス語といった外国語も教えられた。 あのさぁ、どんだけ小さな脳に叩き込もうとしてんの?ハイスペックな機械みたいな人間作りたいのか?って言いたくなる。 だけど、これが僕の毎日。 朝食の時間からテーブルマナー講座が始まって、移動中はウォーキングの指導。 息が詰まる。 まるで生きながら浅瀬で溺れている感じだ。 母は昔グラビアをしながらモデルやバラエティー番組やドラマ出演もしていた。 父と結婚してからは芸能活動を舞台や雑誌のみに減らし、父の会社に入り秘書になった。 父は祖父の会社に勤務しながら社会勉強の為色々な職業もしていた。 結婚を期に会社を継いで社長に就任した。 因みに二人の出逢いは父が雑誌のモデルをしていた時に互いに一目惚れをしたらしい。 容姿端麗・高収入・高学歴で育ちの良過ぎる父に完全惚れ込んでしまった母は、産まれてくる子供も同じ位、いやそれ以上に素晴らしい人間にしなければならない、と変な使命感に駆られてしまって、子供に英才教育を押し付ける人間になってしまった。 金持ちだから沢山習い事をしても大丈夫だが、させられる方は大丈夫じゃない。 お金出して習ってるからにはきちんと吸収してそれを自分の力にしなければならない。 つまり母が満足出来る結果を出さなければならないのだ。 この世に生を受ける前から僕は母の操り人形だ。 其処に僕の意志はない。 まぁ、色々経験して様々な知識を習得出来るのは悪い事ではない。 唯、遊んだりする自由な時間がないだけ。 唯、それだけ。 習い事や勉強に忙し過ぎて、外の光を浴びるのは息抜きにベランダや庭に出た時位。 観せて貰えるTVもニュースやNHK位で、娯楽等は一切ない。 だからこの時は自分は普通だと思っていた。 何処の家の子も僕と同じ位の年齢の時は遊べずに勉強しかしていないのだと。 それが全く違う事を知ったのは、祖父の付き添いで初めて車に乗って都内を移動した時だった。 「すみません、お祖父様。少し車を停めてくれませんか?」 「分かった」 とある施設が目に入った瞬間、僕は衝撃を受けた。 「あそこは何ですか?」 僕と同じ位の年齢の子が楽しそうに笑いながら走り回っている。 あんな楽しそうな顔初めて見た。 自分もあそこに混じりたい。 「嗚呼、あれは幼稚園だ」 幼稚園? 嗚呼、確か子供は幼稚園か保育園から始まって小中の義務教育の後、就職か高校・大学への進学かに進むと習った。 因みに幼稚園や保育園は省いて小学校からの子供も少なくないらしい。 「行きたいか?」 優しく聞かれ 「はい」 素直に答えると 「なら明日から手配しよう」 ふわり頭を撫でられた。 [*前へ][次へ#] |