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嫌なものを見た、とテイトは思った。
いつもの穏やかな午後、テイトが教会の中を散策していて、廊下の端で見知った金髪の司教を見かけて声を掛けようとした時だった。
「‥‥‥、」
フラウは一人ではなかった。
隣には人がいたのだ。
もしそれがカストルやラブラドール、ハクレンだったらそのまま声を掛けたに違いない。
けれど。
けれど、フラウの隣にいたのは、カストルでもなくラブラドールでもなく、ハクレンでもなかった。
そこにいたのは、テイトの知らない、シスターだった。
その瞬間、言いようのないどす黒い感情がテイトの心をすっぽり覆ってテイトはあまりの気持ち悪さに顔をしかめた。
チクチクチクとまるで針で刺されるような鋭い胸の痛み。
頭はガンガンして何も考えられなくなる。
(あの女の人‥‥‥)
テイトはハッと気付いて微かに目を見開いた。
(あの女の人、フラウの事が好きなんだ)
誰から見ても分かるだろう。
フラウと話すその女の人の真っ白な頬は遠目に見ても上気していて、フラウの事を見る視線はテイトから見ても艶やかなものだった。
好きなんだ、そう呟いた瞬間、テイトは元来た道を逆戻りに走った。
「‥‥‥っ」
(見たくない見たくない見たくない‥‥!)
あんなもの、見たくなかった。
フラウが他の女の人と仲良くしてる所なんか、見たくなかった。
どうしようもなく緩んでくる涙腺をテイトは歯を食いしばって堪える。
いつから自分はこんなに泣き虫になったんだろう。
それはきっとフラウを好きになってからだ。
(オレはあの女の人みたいにはなれない)
あんなに可愛らしく頬を染めたり、誘うような魅惑的な視線なんて出来ない。
そう思ったら悔しくて切なくてどうしようもなくて。
「テイト!」
不意に、自分の名前を呼んだ声は、絶対に聞き間違えることない声だった。
「‥‥フラウ?」
戸惑いながらも、驚いてテイトが走るのを止めて後ろを振り返れば、テイトを追い掛けてきたのだろう、息を切るフラウがそこにいた。
「フラウ、」
きっと自分の様子が変だったから一番に追い掛けてきてくれたんだろう。
それは素直に嬉しかった。
だけど次の瞬間、さっきの光景がフラッシュバックする。
「‥‥何しに来たんだ」
フラウの視線を避けてわざと冷たくテイトは言い放つ。
こんなことおかしいのは分かってる、だけどテイトは今フラウとは話したくなかった。
「お前なに怒ってんだよ」
「‥‥怒ってねぇよ」
「いいや、怒ってる」
「怒ってねぇって」
「怒ってる」
「怒ってねぇ!」
声を荒げたテイトはフラウをキッと睨む。
「理由を話せ」
「理由なんてない」
「なぁ、テイト、」
そう子供を宥める時のように優しく呼んでフラウはテイトに近付く。
「っ、触るな!」
フラウの傷付いた顔を見た時はもう遅かった。
「テイト、」
「フラウなんか知るかっ、近付くなって言ってるだろ!」
テイトは伸ばされたフラウの腕を振り切る。
「‥‥ふざけんな」
「なっ」
ドンッ
「‥‥っ」
あっという間だった、テイトはフラウに勢い良く腕を引っ張られて、そのままの勢いで乱暴に壁に押し付けられたのだ。
痛そうに顔を歪ませるテイトにフラウはやり過ぎたか、と思うも、いつ暴れるか分からないテイトだから両方の手首を自分の手で抑えてテイトを壁に抑えつけた。
「理由を話せ。じゃねぇと離さねぇ」
「なっ、バカ言うな!離せっ」
必死に身体を動かすもフラウの力にはとうてい敵うはずもなく、テイトは悔しそうに唇を結んだ。
「言えテイト。何で怒ってたんだよ?」
(‥‥言いたくない言えない。だってフラウに言ったら飽きれられるかも知れないのに)
「‥‥‥‥」
それでも黙り込むテイトにフラウは右手を離すと、テイトの顎にそっと手を添えると優しく上を向かせた。
「怒らねぇから」
テイトの大好きな青い瞳が優しく細められているのが見えて、テイトはしばらく黙っていたけれどやがて口を開いた。
「‥‥嫌、だったんだ」
「何が?」
先を促すように優しく聞くフラウ。
「フラウが女の人と話してるのが」
反応が怖くてテイトはフラウから目を向けずに小さく囁くように話し出した。
「仕事だっていうのは分かってる。だけどフラウが女の人と話してるのを見ると、なんか胸が痛くて苦しく、んっ」
その先の言葉は言えなかった。
何故ならフラウに口づけられたから。
いきなりのキスにテイトは驚くけれど、テイトは瞳をそっと閉じる。
今日のキスはいつものテイト自身を激しく求めるようなキスとは違う、甘くて優しいキスだった。
舌は入れないけれど、少し角度を変えながらも何回も交わされる優しい口づけにテイトはとろけそうになる。
最後にちゅ、とフラウはテイトのおでこに音を立てて口づけると、抑えつけていたテイトの手首を離して、慣れたようにテイトを軽々と抱っこした。
しかも、お姫様抱っこ。
いきなりの抱っこにテイトは落ちないように慌ててフラウの服にしがみつく。
そんなテイトにフラウを小さく微笑んだ。
「お前がヤキモチ焼くとはな」
意外だぜ、と言うフラウの顔を見上げればそれはもう嬉しそうに楽しそうに笑っていて、テイトの胸は高鳴る。
「ヤ、ヤキモチなんて焼いてねぇっ!!」
「真っ赤になって言われても説得力ないんですけど?」
「〜〜〜っ」
ゆでたこのように真っ赤になってフラウを無意識のうちに上目遣い見上げるテイトが可愛らしくて、またフラウはテイトの頭にキスを落とした。
「さっきは悪かった」
不意に謝るフラウにテイトは不思議そうにフラウを見た。
「何が?」
「お前を壁に押し付けたこと」
「あぁ。‥‥お、オレも悪かった」
今度はフラウが驚く番だった。
「何でだよ?」
「だって、」
お前に八つ当たりした、と申し訳なさそうに謝るテイトにフラウはクツクツと笑って。
「オレは嬉しかったぜ、ヤキモチ焼いてくれて」
ヤキモチならいくらでも焼いてくれ、とからかうように言うフラウにテイトはまた頬を真っ赤にして。
そんなテイトにフラウは笑う。
「なぁテイト」
「ん?」
「オレはお前のものだ」
「っ‥‥、わかってる」
テイトは恥ずかしそうに頬を赤らめて、甘えるようにフラウの首にそっと腕を回してギュッと抱き着いた。
純愛シンドローム
(貴方に逢って、愛される喜びを知って、愛する喜びを知った)
***
fin
ただフラウに「オレはお前のものだ」って言わせたかっただけです、すみません(泣)
ここまで読んで下さって本当にありがとうございました。
20090602
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