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触れようとすれば逃げて。
逃げようとすれば触れてくる。
手を掴もうとすれば手はするりと空を掴んで。
その手を掴みたいのに。
掴んで引き寄せたいのに、なのに、オレは――――。
「あ?」
真夜中、フラウがコール退治から自室へ帰って来て、ふと見れば自室の前に見慣れた人影が視界に映ってフラウは蒼い瞳を細めた。
「‥‥テイト」
小さくその名前を呼べば、テイトはフラウに気付いてハッと顔を上げた。
その翡翠の瞳は酷く悲しげな色に染められていて、一瞬、フラウの心を鋭い罪悪感が駆け巡る。
「フラ、ウ」
頼りなく自分の名を呼ぶテイトを思わず抱きしめたくなるけれど、フラウは自分に言い聞かせるように拳をぎゅっと握り締めた。
「ったく、こんな所で何やってんだよクソガキ。ガキは寝る時間だ」
さっさと寝ろ、フラウがわざと顔を逸らして冷たく言い放つと、テイトはくしゃりと顔を歪めた、気がした。
びゅう、と生ぬるい夜風が2人の間を駆けていく。
沈黙に耐え切れなかったのか、最初に声を上げたのはフラウだった。
「テイト、風邪引くから早く寝ろ」
今日は冷えるからな、そうフラウが幼い子供を宥める時のように優しく言った時だった。
「っなんで、」
「あ?」
「なんで、優しくするんだよ‥‥!」
「‥‥‥」
テイトの悲痛な声にフラウは顔を歪めた。
「どうせ突き放すなら、どうせ応えてくれないなら‥‥っ最初から優しくすんなよ‥‥!」
嗚咽混じりの声にフラウがテイトを見れば、テイトはボロボロと涙を流して泣いていた。
透明な涙が月の光を受けてキラキラと光る。
「‥‥おい、」
「うるさいっ来るな!」
「泣くなよ‥‥」
「っ触るな!フラウなんか‥‥フラウなんか嫌いだ、大嫌いだっ」
「っ、」
気付けば、フラウは抵抗にならない抵抗をするテイトの両手を抑えて壁に押さえつけたまま口付けていた。
テイトは驚いたように目を見開くけれど、やがて涙に濡れた睫毛をゆっくり閉じる。
「‥‥好きだ」
短い、キスだった。
フラウは不意にふっと唇を離す間際にテイトにしか聞こえないように声音で小さく囁いてその華奢な身体を抱き寄せた。
「らう、」
テイトはフラウに大人しく抱きしめられたまま涙で光る翡翠の瞳を揺らす。
「‥‥お前のこと、大切なんだ」
「‥‥」
抱きしめらているせいでテイトにはフラウの表情は見えない。
「失うのが怖かった‥‥だから、わざと避けてたんだ」
「フラウ‥‥」
「傷付けて悪かった」
「‥‥‥」
大人げねぇな、と自嘲するフラウにテイトはふるふると首を横に小さく振る。
「傷付けて悪かった。悪かったから」
だから、とフラウは苦しそうに歯を食いしばった。
「嫌い、なんて言うな」
「フラウ、」
「‥‥頼むから、嫌いなんて言うな」
苦しそうに切ない声でそう言うと、きゅ、とフラウはテイトを抱きしめる力を強くした。
そんなフラウにテイトは頬を涙で濡らしたまま小さく微笑んだ。
「‥‥オレも嘘ついて悪かった」
「‥‥テイト?」
「オレ、フラウのこと大好きだから、」
「テイト、」
「世界中の誰よりもお前の事が大好きだから」
「っ‥‥」
テイトはそう言って優しく微笑むと細い腕を回してフラウにそっと、だけど強く抱きついた。
「もう離れんなよ不良司教」
「誰が離れるか。お前こそ早く泣き止めよクソガキ」
いつもの調子で言い合えば、テイトは泣きながら小さく声を立てて笑ってフラウもいつものように笑った。
もう二度と離れないし離さないと誓います
(最初のキスは、オレの涙のしょっぱい味とあいつの苦い煙草の味がした)
***
fin
20090518
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