まちぼうけ
イルミネーションになんの意味がある。そんな疑問は行き交うカップルたちを僻むしかすることがないような、精神が童貞なヤツの中にしか巻き起こらないものだと思うけれど。
イルミネーションには意味がある。例えばカップルがデートの待ち合わせをする。例えばカップルが写真を撮る。例えばカップルがほの暗い闇の神秘的な空気に便乗して愛を囁きあう。
そう、イルミネーションはカップルたちのものなのだ。何故もっと早く気付かなかったのだろう。そりゃそうだ自分にはなんの縁もないんだもの。
「皆さん遅いでスネ」
ホロホロが本日何度目かの溜め息をつくのと同時に、色とりどりの電飾で飾られたファンシーなパンダのモニュメントを挟んだ隣で、ファウストがか細く笑った。
つられて空笑いが漏れた。
今年のクリスマスは張り切ったことをしようぜといつものメンバーに提案したのはホロホロだった。
さすがに民宿では雰囲気が出ないから中華でも食べ行こうぜ!と勢い任せに決めてしまいクリスマスのイメージからは随分ハズれた企画となったのだが、各々五百円以内でプレゼントも用意することにして、それなりに行事の形になっていたのだった。
ホロホロは幹事(言い出しっぺ)として熱心に働いた。隣町の安い中華料理屋に予約を入れ、異教徒のものも強引にではあるが連れ出すことに成功した。
「集合場所はココって言ってあったよなぁ…」
しかしクリスマス会当日。約束の時間になっても、仲間たちは現れない。
――ファウストただ一人を除いて。
「確か、『商店街のパンダの前に七時集合』、でしたヨネ」
「ああ。他にパンダのモニュメントなんてないし、間違いないと思って…」
「…皆さんはドコにいるのでショウカ」
「ここまで遅いとなると、あいつら場所間違えてるのかもしんねぇな…」
かと言って携帯電話など持っていないホロホロには連絡のつけようがない。わずかな望みを賭けてファウストの横顔を覗き見てみるが、すぐに首を横に振られてしまった。
「…な、エリザとコロロ遅くね?」
「まだ一分も経ってませンヨ?」
「あ…そ。」
お互いの持ち霊に捜しに行かせたまではよかったが、気付けば二人きりになってしまっていた。
途切れ途切れに紡がれる会話はいっそ無言を通したほうが楽なようにも思えたが、会話がなければないで、無限とも思える時間にじりじり焦れてホロホロにとっては辛かった。
なにか話すことはないか。
会話をもたせようとやきもきするホロホロとは対照的に、ファウストは行き交う人々をぼんやり眺めてウフフと過ごしているようで、なんだか少し憎たらしかった。
思えば、ホロホロがファウストに受けた第一印象はすこぶる悪かった。パッチジャンボの中で出会った彼の顔色も発言も、ホロホロがずばり苦手とするタイプのそれだった。
葉を経由して親しくなってからも時々あの頃の片鱗を覗かせることがあるが、基本的には冷静で常識も持ち合わせていて、愛妻家で、嫁さんが美人でおっぱいでナースでドジッ娘でおっぱいで、初めてあのオーバーソウルを見た時はちょっとほんのちょっとだけ興奮しました本当にありがとうございました。
そんな彼も、今では頼れる仲間の一人である。
人の印象とはこうまで変わるものなのか。ホロホロは自分の視野の狭さを思い知り、心の内で反省した。
半ば“無”の状態で回想していると、ファウストが口を開いた。
「ホロホロくンは、クリスマスを毎年どう過ごしているんですカ?」
不意の質問に、ホロホロは頬をさすった。故郷を離れてさほど経っていないが、毎年どうしていたなんてパッと思い付かない。むしろ、問われるまで意識したことなどなかった。
「んー…そうだな。クリスマスだからって特別なことはしねぇけど。親父がケ○タのチキン買ってきて食うとか。それくらいだぜ」
ファウストは?何気なく尋ね返す息は白く、冬の寒さを実感する。
地元ほどではないにせよ、東京の冷たさもなかなか堪えるものがある。こんな日こそ、ハーフパンツで出歩いて寒さに勝負を挑みたいというのがホロホロの持論である。今のところ同意してもらったためしは一度もない。
「そうでスネ。一般的なドイツの家庭では長期休暇を取って、家族で過ごす人が多いでスヨ。僕も家族で過ごしていまスシ」
「家族、で。」
「はい。エリザと、フランケンシュタイニーと」
想像してみるに、ナイトメア・ビフォア・クリスマスという映画を連想せずにはいられない。絶対にそのメンツで外出すべきではないなとホロホロは思った。
一方で、本人たちが楽しいのなら、そんなクリスマスも有りかもなと思う。やはり一家団欒というのはなんだかんだ言って微笑ましい。
「日本では恋人と二人で過ごすのが一般的だと聞きましタガ」
「…わざと言ってんだろ」
「ウッフフ。冗談でスヨ」
「…あんま笑えねーぜ」
「失敬」
そりゃ恋人の一人や二人、いればまずこんな企画は立てないだろう。ロマンチックに夜景やらイルミネーションを見て、いつもよりちょっといい店で飲んで、ホロ酔い彼女と予約していたホテルに行って。
ホロホロは唇を噛み締めた。イメージトレーニングだけはこんなにも万全なのに。雑誌やテレビでクリスマスのデートコースが紹介されるたびにどうしようもなく募る虚しさはファウストにはわかるまい。
「でも、ホロホロくンに恋人がいなくてよかったと思いマス」
「アーン?!」
「みんなと過ごせる、こんなに楽しい企画をしてくれたのだカラ」
屈託ない笑顔でそう話すファウストに、ホロホロは二の句が次げなかった。
寒空の下、不満を言うでもなく、今日の集まりを楽しみにしていてくれる。それだけで幹事としては嬉しくて、申し訳なくて仕方がなかった。
眉間のシワを解き、目を細める。ファウストの華奢な肩が僅かに震えていた。ドイツの冬は寒いと聞くが、インドア派のファウストがそれに慣れているとはあまり思えない。
「…おい、寒かったら建物ん中入っててもいいんだぞ?俺が立っとくから」
「平気ですヨ。一緒に待ちマス」
「平気じゃねぇだろ!さっきから震えてるじゃねぇか」
「ホロホロくンともっとお話したいデス」
一人になって寂しがるようなキャラでもねぇだろ、などと心の中で突っ込むホロホロの顔には、満更でもなさそうな苦笑が浮かんでいた。しかしこのままじっとしていて、風邪でも引いたら事だ。それでもファウストは頑として動こうとしない。
「…しょうがねぇな」
ホロホロは巻いていたマフラーをほどいて、ファウストのこれまた華奢な首に引っ掛けた。
それから口元まで覆うほどにぐるぐる巻きにすると、突然のことに目を丸くしているファウストに向き直り、
「あのな、日本には『医者の不養生は信用問題に関わる』っつーことわざがあるんだぞ。もし風邪ひいたら町内中に言いふらすかんな。ぜっってーあったかくしてろよ!」
言って帽子をばすばす叩いた。
他の奴らは今ごろ一体どこで何をしているのだろうか。ホロホロは一刻も早く合流して、ファウストを暖かい場所へ連れていきたかった。
「…ホロホロくン」
「んだよ」
「ホロホロくンの彼女になる人は、きっと幸せでスネ」
「あ?」
「ウッフフフ」
それから数分と経たないうちに帰ってきた持ち霊たちに導かれ、二人がたどり着いたは予約していた中華料理店。
店の前には、ホロホロとファウストを除いた出席者全員がすでに集合していた。
呆れ顔で。
「俺はちゃんと言ったぜ?『商店街のパンダに七時集合』って!」
「商店街のパンダと言えば『熊猫軒』しか思い付かないぞ」
「え!ここってクマネコ軒じゃなかったのか?!」
「貴様それでどうやって予約を入れたのだ」
「寒空の下待たされたんだからここはホロホロのおごりね」
「な」
「ご馳走様ホロホロくん」
「釜飯(タダ飯)」
「早く入りましょうぜダンナァ!俺ぁもう腹ペコペコで…」
ホロホロの言い分も待たずにぞろぞろと店ののれんをくぐる一同と、最後尾で呆然とするホロホロ。
こんなときは誰を責めればいいのか…否、責めるとすれば紛らわしい提案をした自分に他ならないだろう。ファウストに対して偉そうに風邪を引くなだのと言っておいて、ホロホロは自分が情けなかった。
店に入る気力も起こらず、ガラス扉に寄り掛かって脱力していると、どんより暗く遠い空からはらはらと、舞い降りてきた白い結晶。
頬に落ちて、慌てて空を見上げる。
「おー…」
外で待っている間に降らなかったのが奇跡だな、としみじみ思う。滑り込みセーフなホワイトクリスマスに、恋人達は今宵さぞや盛り上がるのだろうと思うとやはりむかむかしてきた。こんな日こそ、気の合う仲間と飲み交わすのが一番だ。
ホロホロは立ち上がり、ズボンの汚れを払った。ふと、背後に人の気配を感じて振り返る。
「ファウスト…」
「行きましょウカ」
ファウストが優しく微笑み、くるりと背を向ける。ホロホロは導かれるままに車椅子の取っ手を握り、貸し切りの店内へとゆっくり歩きだした。
リクエストありがとうございました!いつものことですが時系列は気にしないで下さい…
釜飯のやっつけ感
10/11/20
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