転がるように



なにか特別なきっかけがあったわけでもなく、本当に唐突に。

強いて言うなら、普段は絶対に見ないようなところに、たまたま目が行く一瞬があっただけ。単に魔がさしただけだとしか説明できない。

周りの女の子のようにふっくらもしていないし、リップやグロスの艶めきもない。形だけはやけに整っていて綺麗だが、俺が無意識に目で追っていたそれはやはり紛れもなく、野郎の唇だった。

その唇にふと、キスしてみたくなったのだ。


「蓮、今いいか?」

庭先で日課の鍛練を終えたばかりの蓮を呼び止めると、不機嫌そうにこちらに歩いてきた。
首にかけたタオル以外、上半身はなにも身につけていない。それがトレーニングの際のいつもの蓮のスタイルで、生々しい傷痕も当然顕わになっている。
嫌そうな顔をする割に無視せず来てくれるのだから、そこに淡い期待を抱いてしまう。衝動の出所は、意外とそんなところにあるのかもしれない。

「なんの用だ」
「や、用って用でもないんだけどよ」
「暇なら少しは体を動かしたらどうだ。貴様は仮にもこの俺のチームメイトだろう。今以上に足を引っ張るようなことはするなよ」
「おい、『仮にも』ってなんだ。『今以上に』ってなんだコラ!!」
「文句があるならまずはその締まりの無い体を俺より鍛えるんだな」
「アァーン!?」

品のいい唇からは生意気な言葉ばかりスラスラと紡がれる。強気な台詞で罵られれば罵られるほど、その膨らみの柔らかさを、感触を知りたくなる。我ながらアブナい思考だと思う。
口撃となると頭の回転が追い付かなくて言い負けてばかりいる俺は、今回も返す言葉が見つからなくて、蓮をただ睨んだ。

距離を詰めても、蓮は身じろぎ一つしない。動じるに足りない相手だと思われていることを実感して、なんだか悔しかった。

「あのなぁお前、そーゆー人を馬鹿にしたことばっか言ってっとなぁ、」
「ほう。何をするというのだ?」
「キスすんぞ。」

迫力の出し方なんてわからない俺はきっと困り顔のまま、蓮の額に額をつけて、ずっと焦がれていた薄い唇に触れるだけのキスを落とした。


鼓動が高鳴って鼓膜を占領する。表情なんてうかがう余裕はない。ただ、思っていたほど抵抗されなかったことに驚く。

調子に乗ってもう一度、


「調子に乗るな!」


口づける寸前、超至近距離から繰り出されたアッパーカットで顎を砕かれ、俺の体は宙に浮いた。

重力に従いどさりと地面にたたき付けられる。当然受け身など取れず、体を強く打ち付けて一瞬呼吸ができなくなる。
バキボキ指の関節を鳴らしながら歩み寄ってくる蓮に、俺は地に伏したまま死を覚悟した。

ぐい、と強く腕を引かれて体を起こす。そうして見上げた蓮の顔は逆光の中、想像していたような仏頂面ではなく、

怒りと困惑がないまぜになって真っ赤に茹で上がった、俺に初めて見せる顔だった。


なんだよそのリアクション。

女子かよ。




10/8/25

その後ホロホロがどうなったかは誰も知らない。


あきゅろす。
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