飼い主様のおたわむれ



「お手」
「…」

「お・手・だ」
「だ・れ・が・するか!」

革製の赤い首輪から伸びるリードを引かれてよろめく。
静かに言い放つ蓮の眼が俺を斜め下から威圧する。かと思えばうっすら口元に宿った笑みはこの状況を心底愉しんでいる証なのだから、こいつ本当にいい性格してやがる。

「主人に向かって吠えるな犬」
「俺はお前の犬になった覚えはねぇ!」
「あまり反抗的なら餌抜きだからな」
「人の話を聞けー!!」

“懐かない犬のしつけ”とだけ聞かされて、いつの間にか捕えられていた。抵抗虚しく薄茶色の犬耳と尻尾を装着させられ羞恥に泣きたくなったのも今は昔。逃げようと試みても解けない首の戒めがギチギチ食い込むだけで叶わない。
それどころかこちらが暴れれば暴れるほど結果的に蓮のテンションを上げてしまうのだから打つ手が無い。

それにしても蓮にこんな趣味があったなんて、今まで薄々としか気付けなかった。思い起こせば残念なことにそんな兆候も無かったとは言い難い。
長く付き合っていれば相手の色々な面、良いところも変なところも、自ずと見えてくるものだ。でもこればかりは自分を納得させられない。男に犬耳付けてワンワンプレイたぁあまりに趣味が良すぎないか。

不意にリードを手繰られて、目線を合わせるように額をくっつけられた。

「!」
「早く終わらせたいのなら意地を張らずに従ったほうが賢いとは思わんか?」

なぁ、ばかいぬ。

本物の犬のしつけのように瞳を覗き込まれる。吐息のかかる距離で囁かれて、不覚にも鼓動が高鳴ってしまった。
必然的に密着する体を慌てて引きはがす。すかさず差し出された手に、呆れるタイミングすら失って釘付けになった。

他に道は無いのだろう。
招くようにクイクイ指を曲げて俺を急かす手とムッツリ顔とを交互に見ると今の俺の気持ちを表すように犬の尻尾がしなだれた。どういう仕組みだこの玩具。

睨み付けて、皮肉を込めて。

「…これっきりだぞご主人様」

ぱちん。

渇いた音と、思いのほか痛いてのひら。

じんじん残る感触はこの異常なシチュエーションをほんの一瞬でも受け入れてしまった証拠のようで悔しい。これなんて罰ゲーム?

それでも、ああ。
頬が顔が焼けるように熱いのは蓮の目から見てもわかってしまうだろうか。

「…プッ」
「あっテメやらせといて笑うんじゃねぇ」
「いい子だホロホロ。よし、ご褒美をやろう」
「バァカ!」

飾りもののはずの耳をくすぐられて安堵している自分に驚きつつ、柄にもなく優しく髪を撫でる手を振り払わない。こんだけ恥ずかしい思いしたんだからご褒美の一つもなきゃやってられないぜ。




変態カップルなのでなにも問題はなかった。

10/8/22


あきゅろす。
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