パリエッタへようこそ
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田中は自分の予想していた反応と異なったことに驚いたのか、目を見開き野村を見た。
混乱した思考の中で現状整理しようと努力する。



確かに現在田中の恰好はバイト仕様となっており、いつも隠されている目は、分けられた前髪の間からその存在を主張している。
また常に装備している眼鏡も外されているため、大学に通っている学生の中で今の彼とあっちの彼とに結び付けられるものはいないと言っても過言ではない。



しかも、野村に与えた自分の情報は“田中”という名字のみ。
田中という名字は、全国四番目に多く、その名字を名乗る学生も大学内に多くいるだろう。
実際自分の所属している学科内にも四人いる。



それに野村は自分と正反対で存在感があり、カリスマ性溢れる人物だ。
俺みたいな地味グループに入っている者の存在は認識していないだろう。
良くて複数の地味`sをひとまとめにして終わりだ。


そこまで考えると、気付かれないのも当たり前か等と安心し、今まで緊張していた全神経を解いた。


上手く笑えているのか分からない笑みを消し、野村にもう一度笑いかけると彼もそれに答えるように笑った。



「さて、と、自己紹介も終わったことだし俺、佐伯チーフのとこ行ってくる」

野村は表情を変えることなくそう告げた。どうやら野村は佐伯に自己紹介をしてくるよう言われていたようだ。



「行ってらっしゃいです!私たちは先に仕事入ってますねー」


月森はニパッという効果音がするように笑うと野村に向けて手を振った。
彼もそんな彼女に対し、手を振り答えると、キッチンに向かって歩いて行く。




彼がキッチンに消えた途端、月森は待ってましたと言わんばかりに田中と沢田の方に振り返り、目を輝かせながら小さな声で囁いた。


「彼きっととてつもなくモテますよ。世の女全員虜です。骨抜きです!!!あの笑顔見ましたか!?」
「はいはい、そうね」


沢田は月森のハイテンションを上手くかわしながら本来の作業へと戻るが、月森の興奮は止まることを知らず、話し続けている。
そんな月森のおしゃべりをBGMにし、沢田と田中は苦笑しながら、オーダー表の準備を始めたのであった。









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「ご来店ありがとうございます。お客様は何名様でしょう?」

「2人です」
「かしこまりました。お席をご案内いたします」



こんなやり取りが何回あっただろう。
最初は慣れなかったこのかけあいも今では様になってきていると思う。
お客様を席に誘導し、本日のオススメを軽く伝え、席を離れ準備室に戻り、フォークやスプーンといった器具などの準備に入った。



「(今回の二人組は女性だからメニューを決めるのに時間がかかりそうだ。ナプキンは……多めに用意しておいた方がいいな)」

沢田のようにまではいかないものの、お客の特徴や性別などを考え、必要だと思われるものと用意して行く。



「料理上がりました。お願いします!!」
「はい!」


準備している内にオーダーされていた料理が出来上がり、キッチンから声がかかった。
これからホール担当の闘いが始まるのだ。
温かいものは温かいうちに、冷たいものは温かくならないうちにとあっちこっちと運びまわる。
次々と仕上がる料理に対して3人のホール担当で上手くやらなくてはならないため、かなりの連携プレーが必要になる。



「(キッチンではもっと大変なことになっているんだろうな…人手足りないし…)」



田中は出来上がった料理をカウンターからトレーに乗せ換えると、指定された席へと運びに戻った。




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