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渇愛
気付いた時には遅かった。
自覚した時点で既に、抑えられるような想いではなかった。

“恋人”という甘い関係になるには、俺達はあまりに近すぎた。
触れ合う事はできても、きつく抱き締める事はできない。それが、決して埋まらない“親友”と“恋人”の溝だった。

そして何より、同性だった。







幼さ故の勘違い。

そう思い込めたら楽だったのに。
どれ程醜い感情を抱いても。
どれ程淫らな夢をみても。
言い聞かせて止められる想いならば、こんなに狂おしいキモチを知らずに済んだのに。
こんなに汚い自分を知らずに済んだのに。


美しい愛情はいつしか姿を潜め、嫉妬と独占欲が躰を灼いた。


誰もに優しく接するキラに惹かれた筈なのに、今はそんな彼に怒りしか感じない。

キラは俺だけのモノなのに。
俺以外に微笑いかけるなんて許さない。



キラはただ、俺の腕の中にいればそれでいいんだ・・・。








きっとキラは気付いてる。


いつの間にか俺は、怒りを解消する術を知ってしまったから。

始まりは些細な事だった、筈なのだ。

――ぇと、ボク・・・今日、告白されたんだ・・・・・・。
――誰に?俺が知ってるコ?・・・可愛、かった・・・?
――ぁ、それが、男のコなんだ・・・・・・ラスティっていう・・・///


目の前が崩れていくような錯覚に襲われた。
頬を赤らめて話すキラは、確かに可愛かったけれど。
それが俺以外の人間に向けられたものだと思うと、腹の底が煮え繰り返りそうだ。


そして。


ラスティは病院送り。
ちょっと殴りすぎたかなぁ、とも考えたが、そんな考えはすぐに消し飛んだ。
クラスメートだからという理由で行った病院で、キラはぼろぼろと涙を溢れさせた。
それが面白くない。
俺以外の為に流す涙なんて。

ラスティが俺を訴える事はない。
キラを想い続ける事もない。
ラスティのキラを見る瞳には、もう明らかに怯えしかない。
その為だけの、理不尽な暴力だった。
口封じのためでもあり、ただのストレス発散法でもある。


・・
まあ、要は俺が、ラスティを殺してやりたい程憎かっただけ。



病院でラスティに拒まれたその日。
キラは俺に抱き付いて泣いた。
俺の部屋で、俺の腕の中で、俺に髪を撫でられて眠った。


その時、躰を覆う憎しみが引いていくのを感じた。






何度か繰り返すうちに、キラも気付いたようだった。
友人を失いたくないからと、親友だけに相談していた筈なのに、また同じ事件が起きる。
理由は一つだ。



・・
――犯人は、その親友だから――






けれどキラは、普段と変わらない態度で俺に接した。
いや、そう努めていたんだ。


あのアメジストが俺を映す瞬間、キラの表情は凍る。
そしてその直後、まるで普段通りのような笑顔を向ける。


その理由も、俺は知ってる。








「可哀相だよ、あんな言い方したら」

隣を歩いていたキラは、視線を前に向けたまま、俺に言葉を投げ掛けた。
“可哀相”というのは、先刻会った少女に向けられたものだ。
よりによってキラと一緒の時に告白してきた、無神経な少女。
優しい言葉など選べる筈がない。


「仕方ないだろ。俺は“一番大切な人”がいればそれでいいんだから。…例え手に入らなくても」

こういう言い方をすれば、キラが狼狽えるであろうことくらい、予想していた。




キラが俺のキモチを知ってるコト。
まさか俺が気付いてないとでも思った…?





「へ、へぇ。アスランでも手に入らない人がいるんだねッ!めっ珍しいな…」
「嘘つき」
「!」


しまった、と思った。
こんな事を言うつもりじゃなかったのに。
けれど、今まで口に出せなかった想いは、溢れ出すと止まらなくて。


「ウソつきだね、キラは。知ってるクセに」

キラの体がビクリと身構えた。
笑顔を張り付けてはいるが、唇が小さく震えている。

「な、何を…?」

今更そんなフリをしても遅いのに。
やっぱりキラは可愛いね。



「俺が誰を見てたかなんて、考えなくてもわかっただろう?」



「知、らない…よ…。そんなのボクは知らない…ッ」

今にも崩れそうな笑顔のまま、キラは答えた。


「気付いてたはずだ。なぜ自分に関わった人間ばかりがあんな目に遭うのか」

「何も知らない…」

キラの顔からは、笑顔が消えていた。

夕日がキラの頬を朱く染める。
それがとても綺麗で、また俺の中で黒い感情が動き回る。




涙、見たいな……。




「…ズルイよ、キラは。何もかも知ってたのに」
優しくキラの頬に手を添え、顔を上に向かせる。

ああ、瞳が潤んでるね。

綺麗なアメジストが揺れている姿が、俺を引き込む。



「俺のやってたコト、見て見ぬフリして」

俺は理由だって知ってるんだよ?








「俺を失いたくないから」








「…ッ!」

キラが目を見開いた。そして瞬時に青ざめる、彼の整った幼い顔。

「俺に側にいてほしいから、全部知らないフリしてきたんだろ…?」


眉が、切なく寄せられる。



「それなのに、俺のキモチは無視するんだね…」

今度は、ツラそうに俺から視線を逸らす。

俯き、口をきつく結び、ギュッとその小さい手で自らの服の裾を握りしめて。

小さく震えながら、必死で涙を抑えている。
零れ出してしまわぬように。






「まあ、もういいけどね」

「?」

キラは不安そうな顔をした。




「俺、キラから離れるから」




「…え…?」
キラの潤んだアメジストが、今は俺だけを映している。

──綺麗だな。

「キラから離れて、キラのいない所で、キラじゃない誰かを好きになる。キラの事はもう思い出さない」
「何、それ…」
また、泣きそうな顔。
──そんな顔、見せちゃダメだよ…?

「キラといても、つらいだけだから」

キラから目を逸らした俺は、そう告げる。
あの綺麗なアメジストを見ていたら、俺の気持ちが揺れてしまうから。
「な、なんだよそれッ!」
キラの震える手が、俺のシャツの裾を掴んで引っ張る。
「そのままの意味だよ。報われない相手を好きでいたって仕方ないだろう?」
俺の視線は逸らされたまま。
「なんだよそれ!!ちゃんと僕の目を見て言ってよッ!!」
「…ッ」
俺の視界の隅で、透明な雫が散った。
確かめなくても判る、愛しい人の、涙。

──どうしてそんな残酷な事が言えるんだ…
「アスラン!こっち向いてよ!ちゃんと説明してよッ」
──俺が、キラの目を見て、言える訳…ないだろう…?




こんなに、好きなのに…




「いい加減にしてくれよ!!」
「ッ!?」

俺にしがみついていたキラの手を掴んだ。
キラは怯えている。

「つらいんだよ!お前を好きでいるのが…ッ!!」

「やだ!行かないでよッ…一人にしないで…」

──一人になんか、ならないくせに。

キラが一人ぼっちなら、どれ程よかったか。
もしそうなら、俺は友人たちを傷付ける事もなかっただろう。

何より、自分がこんなに醜い生き物だと知らずにすんだ。

けれど今、皆に愛されるキラが、俺だけを求めている。
その事実だけで、めまいがしそうなくらいだ。

また、気持ちが揺らぐ…

「アスラン、知ってるでしょう…?…ボクは、君がいないと生きていけない……」
「…ッ!!」

──そんなの、反則だ…。

俺はそっと手を伸ばし、キラの頬に触れる。
キラは目を閉じ、俺の手に自分の手を添えた。
目を閉じた瞬間に、キラの目から透明な雫が、筋になって流れる。
キラの柔順な仕草に、俺の心臓がうるさいくらい高鳴っている。

手を顎に下ろし、キラの顔を上に向かせても、キラは相変わらず目を閉じたまま、嫌がるそぶりは見せない。

「ッ…狡いよ、キラは…。俺の事、好きでもなんでもないくせに……」

近付けたキラの顔の、朱く柔らかそうな唇が動く。

「…いい。それでもいい…アスランが側にいてくれれば…」






夢にまで見たキラの唇。


生まれて初めてのキスは、涙の味がした──…






…END…?



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20090323 加筆修正。

思い返せば高三の時に書いた奴ですねー(←勉強しろよ受験生



あきゅろす。
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