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「……ユキ」


ヨウが、おれを呼ぶ。まだ涙を隠せていなかったおれは、振り返ることなく「ん?」となるべくいつもどおりに返事を返した。
向日葵のオレンジがかった黄色を、じっと見つめていた。


「……向日葵、一本とってくれよ」
「、は?」


ヨウのいきなりのその要求に、おれは思わず振り返った。
おれの後ろに立ってるヨウを見上げるけど、逆光で表情はよく見えない。


「いーからとれ。時間ねえんだから」
「あ、……おう?」


なんで、向日葵?
そう思いながらも、惚れた弱みで言われるがままに向日葵へ手を伸ばすおれ。
ホームの錆びついた古い鉄の柵から、向日葵畑の向日葵が何本も、顔を出している。


「どれがいいんだよ」
「どれでもいい。……あ、てめそれ元気ねーじゃんかよ。もっと元気なのにしろよ、見る目ねえな」
「どれでもよくねーんじゃん!」


そんなやりとりをしながら、ホームに顔を出してる向日葵の中で一番元気そうなやつを、茎を15センチくらいつけて、ヨウに渡した。
立ち上がるときに柵に掴まろうとして、サビがつきそうな気がして、やめた。
向日葵を受け取ると、ヨウはじぃっとそれを無言で見ていた。


「……ヨウ?」
「……おー、なんでもね」


様子がおかしからそう声をかけても、その反応。
でもきっと問いただしてもこの頑固者はなんも言わないから、おれは向日葵を見つめるヨウを、気付かれないように見つめることにした。

やっぱこいつ、きれいだなぁ。
真っ黒な髪も、同じ色の切れ長の目も、無駄なく筋肉のついた体も。
まつげ、すっげー長い。


(ああ、……好きだなぁ)


すきだなあ。


「……ドラマとか映画とか、フィクションの世界ならよ」


いきなり、黙ってたヨウがそう口を開く。
その単語の並びが脈略がなさすぎて、急な展開におれはちょっと、ついていけてない。


「大概こういうときは、雨か雪が降るって相場が決まってんのにな」


「やっぱ、現実はそうはうまくいかねえか」って苦笑。
そんで、ぽかんとするおれの前で、真夏の青空を仰いで、少し悔しそうに言った。


「ちっくしょ……惜しげもなく晴れ渡りやがって。少しは名残惜しみ悲しめ」


その目に、寂しさを感じて。そんで、おれは思った。
ああ、こいつは、ヨウは。
ほんとうに、いっちまうんだな。


「……、ヨウ」
「あ?」


呼びかける。すぐに返事が返ってくる。
もうすぐ、この返事が聞けなくなるなんて。


「元気で、な」
「ユキもな」


それなのに、ありふれた言葉だけが喉を通る。


「無理すんなよ」
「ユキもな」
「電話とかメールとか、……とにかくなんでもいいけど、たまには連絡しろよ」
「あー、まあ、それは気が向いたらな」
「オイ」


親友としての、言葉だけ。


「チームメイトと、喧嘩すんなよ?」
「はは、しねーよ。さすがにそれは」
「どうだかなぁ、……」


伝えたいこと、伝えてないこと、たくさんあるのに。


「……っ」
「ユキ?」


もうなにも、言えなくなっちまう、おれ。
これ以上なんか言ったら、今度こそ大声で泣いてしまいそうだった。
だから、もう何も、言えなかった。


(だって、)


だっておれ、ヨウがいない景色なんて見たくない。
ヨウがいない毎日なんて味気ない。
ヨウがいればいいのに。それだけでいいのに。
両思いにもならなくたっていい。ただ、おれの大好きなヨウの隣に、いたいのに。


おれ、ようが、すきなのに。



「オイ」
「っ、あ」
「3年だ」


まともに顔もあげられなくなったおれの肩を、ヨウがゴン、と軽く拳で叩く。
それにはっとするおれの目を見て、ヨウは淀みのない声で言った。


「3年で、帰ってくる。夢もトーゼン叶える」


ヨウは、おれを安心させるためか、おれから目をそらさない。
意志の強い目。
おれは、ただそれをバカみたいに見返していた。


「だから、」


そんで、にっと得意げに、笑って。


「そんときにお前、みっともねえ姿見せんじゃねえぞ」
「――」


それはきっと、こいつなりの、おれへのエール。


「……返事ィ!」
「あっ、はい、おう」


苛立ったようなヨウの声に催促され、おれはなんとか返事を返した。
それに、ヨウが笑う。満足そうに、嬉しそうに。
いつもの、向日葵みたいな笑顔で。
それに笑い返そうとして、うまくできなくて、やめた。
結局最後まで、こいつには勝てない。


(いつだって、こいつは)


おれの欲しい言葉を、おれの欲しいと思ったタイミングで、不器用な言葉でくれる。
その変わらないやさしさに、何度おれは救われただろう。
その変わらないやさしさに、
(おれは何度、泣きたくなるほどのいとしさを感じた、だろう)


「約束だぞ」


そしてヨウは、うまく笑えもしないおれに、釘を刺すように低く言った。
今度こそおれは、それに笑った。
情けねえ顔ばっか、見せたくねえしさ。
それに、今度はおれが、ヨウが欲しい言葉を言ってやりたかった。


「ヨウ」
「あん?」


呼びかけて、右手を差し出す。
小指をぴんとたてて。
おれは本当は左利きなんだけど、ヨウは右利きだから、右手を出した。
そんで、小指とおれの顔を交互に見て「わけわかんねえ」って言いたげな顔をしてるヨウの右手を、左手で掴んだ。


「なあ、約束しよう?」


絶対、ここに帰ってくるって。


「いつまでも、待ってるから」


お前が帰ってくるのを、ずっと。
小指を立てさせながら、おれはヨウにそう笑った。
ヨウはびっくりしたみたいな顔で目を丸くして、固まる。
なんでそんな顔すんだよって思ったけど、聞いても絶対こいつ、言わないしなあ。
そう思いながら、おれは、ヨウの右の小指に、弱く自分のそれを絡めた。


「……ガキくせ」
「うっせ」


そこでようやく、ヨウが口を開いた。
いつもよりも、少し小さな声。
されるがままだったヨウの指が、自分の意思で、おれの指に絡まる。


「俺、ゆびきりの歌、もううろ覚えなんだけど」


「お前覚えてんの」と笑うヨウは、やっぱりおれの大好きな、ヨウで。
おれは少し見惚れてから、小さく頷いた。
繋がる小指に視線を落として、目をゆっくり閉じて、小さく揺らす。


「……ゆーびきーりげーんまん」


ガキの頃、よくやった誓いの儀式。
今思えば、相手はいつもヨウだった。
ヨウと交わす約束は、おれにとっていつも特別だった。
あの頃からおれは、変わらないんだな。


「うーそつーいたら」
「……電車が参ります。お下がりください」


ひび割れたアナウンスが響く。
それから、近付いてくる電車のクラクションと、レールを揺らす音。
ああ、電車が来てしまう。
ヨウをここから、連れ去る電車が。


「はーりせんぼんのーます」


その音が近付いてくるたび、指に力が入る。
ガキくさい感情が、あふれ出してくる。
(いやだ、いやだ、)
(、はなれたく、ねえよ……)
だから、……だから。


「……ゆび、……っ」


結びの言葉が、出なかった。











































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