「お待ちどー」コトリと置かれた熱々の湯気をたてるラーメンを音をたてて啜る。
そうしながら、オレらはとりとめのない話を繰り返す。
うちの学校の若い数学教師に恋人が出来たらしいだの。
受験ももう近いのに勉強がはかどらないだの。
「このラーメン異様に辛い」、「そりゃ赤唐辛子はいってんだから当たり前だろ」、だの。
そうしてるうちに話は、バスケ部の話になって。
「なんか最近スゲー気合い入ってるよなー、バスケ部」
「まあ、大会近ぇしな」
「へー、何の?」
「選抜」
「あー、去年かっちゃんたちも出たやつ?」
強烈に記憶に残ってる、その大会。
11の背番号のかっちゃんが真剣な表情で試合をしているのが、昨日のことみたく思い出せる。
去年は二回戦で鳥取県代表のとこに負けて終わっちゃったんだよな。
でも見てたオレまで泣いちゃうくらいのいい試合だった。
「ああ」
「また代表なんだ? うちのバスケ部すげーな!」
「ったりめーだ」
「仮にもこの俺の後輩なんだからな」って不遜な態度で笑うかっちゃんが男前すぎる。
こんな自慢気に言えるなんて、きっとかっちゃんは後輩くんたちのこと信頼してんだろうなー。
………。
「あいつらには俺らの無念果たさせねえと」
「……だから放課後残って指導してあげてんだー」
「ああ」
俺様なかっちゃんが、わざわざ受験前の忙しい時期に時間さいてまで、ねえ。
行きたいとこじゃねえからって大学からの勧誘断ったせいで、サッカー部の松本みたく、進路が決まってるわけでもねえのに。
……そんな後輩くんたちのこと好きなわけ?
「……やさしーねー克也先輩はー」
「……あ?」
つまんねー嫉妬から、つい嫌な言い方をしてしまう。
そんなオレにかっちゃんがなんとも思わないわけはなくて、ラーメン(もちろん、ダイスキなあのラーメン、ね)を啜ってたかっちゃんが、顔をあげてオレを睨んだ。
あーもー。
思い出したくないことまで思い出す。
イライラする。
せっかく思い出さないようにしてたのに!
「なにキレてんだ、お前」
「キレてねーよ?」
「でもイラついてんだろうが」
「……、別に」
「しらばっくれんな」
「何が気に食わねえんだよ、あ゛?」と凄みを効かせるかっちゃんは、美形だけあってめちゃくちゃ怖い。
だけど、それに素直に答える気にはなれなくて。
「……何でもねーって」
――ただ、オレには一回も言ってくれたことねーよなって思っただけ。
その言葉をなんとか飲み込んで、オレはまだ残ってる異様に辛いラーメンをまた啜った。
だって、さすがにだせーよ、そんなん。
そんな態度に、かっちゃんが苛立たしげに舌打ちする。
「何でもねーじゃねえだろ、言え」
「しつこいなー……いいじゃん、何でもねーって言ってんだから」
「俺がムカつくんだよ。言え」
「言いたくねーの。わかれよ」
イライラが大きくなってきて、今までかっちゃんにしたことのないような言い方をしてしまった。
あーもーちげーんだよー。
別にかっちゃんにイラついてるわけじゃねーの!
なんなのオレの口、マジ自重。
「……ヤス、お前まさかまだあのこと気にしてんのか」
「………」
……かっちゃんて、なんでこうストレート直球ど真ん中なのカナー。
オレはそうとも違うとも言えずにひたすら、ラーメンを食べる。
これうまいけどからすぎだよ、オバチャン。
かっちゃん食べなくて良かったねー。
そんなオレを睨むように見て、しばらくするとオレから視線を反らし、ハア。一つ溜め息。
めんどくせー奴でごめんなさいね。
「あいつとはお前と知り合う前には終わってたっつったろ。今はなんとも思っちゃいねえとも。……信じてねえのかよ」
あー喉の奥が痛い。
胸の奥まで響くこの痛みは、ラーメンが辛いからだ。
他の理由なんかない。
「……かっちゃんはそうでも、向こうはそう思ってないっしょ、アレ」
「だとしても俺にその気がねえんだから関係ねえだろ」
「……」
――オレとかっちゃんは、いわゆる恋人だ。
来年の春で一年になる、周りには秘密の関係。
色々あって付き合うことになって、熱々ラブラブ……とまではいかないけど、なんだかんだ言って良好な関係を築いてきたわけだ。
(え? 築いてるよ、な?)
だけど、2週間前。
かっちゃんの元彼が、かっちゃんに会いにきて、ヨリを戻そうって。
しかもその元彼、かっちゃんが初めて本気で好きになった相手だって。
めちゃくちゃ好きだった相手だって。
即答で「今こいつと付き合ってっから」って言ってくれたのは嬉しかったさ。
なんでもない風に説明してくれて安心したのもたしかだ。
だけど、……だけど。
「………帰るわ」
「は?」
オレ、怖ぇんだよ。
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