すっかり行きつけになった、駅前のラーメン屋ののれんをくぐる。威勢のいいオバチャンの声とざわめきが、オレたちを出迎えた。
かっちゃんの前に中に入ったオレと、オバチャンの目が合う。
ひらひらと手を振っておいた。
「あらァ!」
「おひさー、オバチャン」
「ヤスちゃん! 本当に久々ねえ!二人でいいのかしら?」
「うん!」
オバチャンは、「それじゃ、奥の席が空いてるから座ってて」と気前よく笑った。
そして最後にはかっちゃんに
「克也くん今日もイイ男ねえ!」
と言って、注文を運ぶためにカウンターの方に戻っていく。
まあそれにかっちゃんが返した反応は
「ども」
だったけどね!
オレがそういうこと言うと、すぐ照れて殴るのにね!
かわいいなあもう! かっちゃん萌え!
オバチャンは、かっちゃんみたいなタイプの男前に目がないらしい。
「ウチのは面食いでな」って前に店主であるオッチャンが拗ねてた。
「なんでオッチャンと結婚したんだろうね」って言ったら殴られました。
「今日も混んでんなー」
まだ6時すぎだっていうのに、小さめの店内はすでにほとんど満席だ。
それは多分、この店は料理も美味いし、オバチャンとオッチャンの人柄もいいからだろうな、ってオレは勝手に思ってる。
「奥の席だってサ」
「おう」
「良かったなー、かっちゃん!」
「……っせ、はよ行け」
「………かっちゃん方言ハアハア!」
「死なすぞ」
「いい今のもっかい言って!」
「ドMか!」
そんな他愛ない話をしながら、席に向かう。
かっちゃんは、こんな目立っちゃう見た目だけど、実はバスケの時以外は注目されるのが苦手だ(ギャップ萌えハアハア!)。
店の真ん中にいたら嫌でも視線を集めるから、いつも奥の席に行きたがる。
……そんなとこもかわいーんです、はい。
「かっちゃん何頼む?」
「長ネギの塩ラーメン」
「またかよー」
メニューを差し出すと、マフラーを外したかっちゃんに即答された。
受け取られもしなかったメニューに思わずそう返す。
かっちゃんはそんな俺を気にした風もなく、「お前は?」とか言ってくるけど。
この店に初めて来た時、最初に長ネギの塩ラーメンを頼んだのは、かっちゃんではなくオレだ。かっちゃんは普通に醤油ラーメンを頼んでた。
で、「一口ちょーだい」って流れであげたら、かっちゃんは長ネギの塩ラーメンが気に入ってしまったらしい。
まだ二口しか食べてなかったのに交換させられ、全部食べられちった。
それ以来、ここに来る度に他のメニューには目もくれず、長ネギの塩ラーメンを頼むかっちゃん。脇目も振らず、ただ長ネギの塩ラーメンだけを見てるんだ。
……うん、オレ正直いって、おもしろくないんだよねー。
(ラーメンに嫉妬? 馬鹿みたい)
(、とか言わないで!)
「オレはテキトーになんか頼むよ。……それよりかっちゃん、たまには他のメニューも食べようぜ? このチャーシュー麺とかめっちゃ美味いし!」
「いい。俺は長ネギの塩ラーメン食う」
……んん、やっぱり駄目か。
でもオレは今日は諦めない。
「この青ジソ塩ラーメンてのも美味かったなあ! な、かっちゃんもチャレンジチャレンジ!」
「チャレンジしねえよ。俺は長ネギの塩ラーメン食う」
え!? これでも駄目か!
……むう、なんか余計ムカついてきたぞ。
長ネギの塩ラーメン食う、ばっかさっきから言ってんじゃん、かっちゃん。
ムカつくー。
「……あっ、じゃあこれは? 赤唐辛子の豚骨ラーメン! うまそう!」
「……お前が頼めばいいだろうが。俺は長ネギの塩ラーメン食う」
「……あ、そっかかっちゃん辛いの食えな……ってェ!」
「うっせー黙れ」
「殴んなよ!」
「うっせえよ!」
「かっちゃんは長ネギの塩ラーメン長ネギの塩ラーメンうっせえよ!」
「はあ!? 何わけのわかんねえこと言ってんだてめえは!」
「そんなに長ネギの塩ラーメンが好きなのかよ!」
「ああ好きだよ、好きでわりィかよ!」
……………。
…………あ、今……。
「キュン死にと切な死にが同時にキた一体どうしたらいいの」
「なに人気少女マンガの用語ぱくってんだてめえは。うぜえからとりあえずとっとと何食うか決めろ」
「ジーザス!」
ヤス君終了のお知らせです。
ラーメンは赤唐辛子の豚骨ラーメンにしました。
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